5.東炎扇の逆襲
虚空はPPロープをほどくのに夢中で、背後などまるで気にもしていなかった。
もちろん40メートルもの突風がとっくに止んでいることにも気づいていないし、その他のことにも気づいていなかった。
「なあ、虚空さんよ。ようやくお近づきになれたなー」
だから灯火の接近も容易に許してしまったのだ。
「ウ……ウソでしょ? だってあなたさっきまで白目向いて伸びていたじゃない」
「安心しな、解説してやっからよ」
灯火は意地悪そうに虚空の顔をのぞき込んだ。彼女は色白で、大人っぽい巻き髪スタイルだった。
その美しい顔を、虚空はいたずらをとがめられた子どもみたいにして伏せている。
「いきなりあの突風を繰りだされたときには、正直俺もビックリしたけどよ、だが両手が使えなかったわけじゃないんだ。砂塵は舞うわ、石は飛ぶわで大変だったけどよ、俺は両手が使えることに光明を見いだした。そう両手が使えるということは、東炎扇が使えるということだからな。
そしてしばらくすると石つぶてが飛んで来なくなった。不審に思った俺は熱感知でおまえの動向を探ったんだ。そしたらお前が突っ込んでくるのがわかった。これは焦ったぜ、お前がまだ石つぶてを持っている可能性も考えると、顔面と腹部を防御しなければならないんだからな。しかしそうは言っても守れる部分は一か所だけだ。だから俺は顔面をかばった。そしたら見事にボディに蹴りを入れられてしまった。蹴りというよりは金属バットでぶっ叩かれた気分だったがな。そして俺は気絶した」
「じゃあなんでよ。なんで今、こうして立っていられるの?」
「ダメージコントロールだ。腹部への攻撃を警戒していた俺は、東炎扇を使って臓器をあたためていたんだよ。そうすることで血流が促進され、ダメージを受けても回復しやすくなるからな」
「だけどそれだけじゃあ説明不足よ。なんで気絶してたくせに、もう目を覚ましているのよ」
「当然だろ。だって……」
小さくくすぶっていた光源が徐々に拡大していく。
荒れ狂う火炎は、たちまちに公園一帯を包囲した。
「気絶する前に種火をまいて、そこら中を燃やしたんだ。光源が近くにあったから、すぐに起きられたんだ」
「あなた、山火事でも起こす気なの?」
血相を変えて虚空は叫ぶ。
「さあな」
しかし灯火は、対照的に静かに答えた。
「ただお前にだけは負けたくなかったんだ。――なぜなら」
「東家をバカにしたからだっ!」
灯火は左脚をだして上半身を沈め、腰を回転させるようにして右ストレートを放った。
虚空は殴られた左肩を押さえ、苦悶の表情を浮かべた。
よろめきながら後ずさると、身体全体をジャングルジムに押し当てられた。
殴られる――。虚空は唇を噛みしめて、次の打撃を待った。
しかしどれだけ待っても、それはなかった。
「もう2度と東家をバカにするなよ」
灯火はそう念を押すと、東炎扇を奪い返した。
「じゃあな」
「ちょっと待って。西風扇はどうするの?」
「この山火事を鎮火するために使ってくれ。あとはまあ護身用にでも持っておけ」
「ちょっと待ってよ。今すぐ牙を抜いておかないと、私、また襲いかかるかもしれないんだよ?」
「好きにしろ。それに西風扇がないと西家も困るんだろ? まあなんかあったら連絡してくれよ。助けに行ってやるからさ」
こうして東家と西家との対決は幕を閉じた。