48.羽柴家vs藤原家⑥
羽柴家が、藤原家を狙った理由。
それは結局わからずじまいだった。
だけどそれはーーと藤原美紗は思う。
だけどそれは、どうでもいい。
どんな理由であれ、身内を傷つけた輩は許せない。
「死んじゃえッ!!」
鳩の少女は、羽柴灯火の顔面に照準を定め。
高く掲げた足を、降り下ろそうとした。
が。
まさに、そのとき。
少女と対面するように直立していたーー藤原典嗣が。
ゴボゴボッと、せき込んだ。
バケツの水をひっくり返すような勢いで。
美紗に浴びせかけるように、吐血したのである。
「えっ?」
突然のことだった。
唐突に視界がふさがったのだ。
髪の毛から、赤い滴がしたたり落ちる。
「え、えっ?」
蒸せ返るような、朱色の液体は。
湯気が立つほど、熱かった。
「熱ちぃいいい!!!!」
振り上げた足をゆっくりと下ろし。
「なにが起きたぁあああ!!!!」
叫ぶ。
口の中に鉄分が流れ込む。
まずい。熱い。気持ち悪い。
「教えてやろうか」
低くこもった声でそう訊かれた。
灯火だった。
「なぜこうなったのか、教えてやろうか」
「はぁ?」
腕をつねってやけどに耐えて。
「なにを言っちゃってるの?」
と、美沙は言い放つ。
「今のはただの発作よ。あなたの攻撃なんかちっとも効いてないんだから」
「あぁ、そう……」
「ええ、そうよ。脅しなんか怖くないんだから」
ははっ――と。
鼻で笑う声が聞こえてくる。
「じゃあさ。もう1回同じものをみせてやるから、今度は離れて見てろよ」
ああ、頭に血が上るってこういう感じなんだ。
と。
美沙は理解した。
今すぐこの男をぶっ殺したい!
袖でごしごしと目元をぬぐって。
怨敵をにらみつける。
「ようやく冷静になったか」
灯火はそう言って、説明を始めるが。
美沙の頭は、十分すぎるほど煮えていて。
今にも爆発しそうだった。
「骸骨少年を吐血させたトリック。それは、熱だ」
「熱?」
意外な言葉に、動きが止まってしまう。
「どういうこと?」
「水を入れたやかんに火をかけたまま、放置したらどうなる?」
「どうなるって、それは沸騰するんじゃないかな」
「沸騰しすぎたら、水がこぼれるだろ?」
「えっと……」
眉間にしわを寄せて、考える。
「まさか、そういうこと?」
美沙は脇の下に、汗が伝うのを感じた。
「その通り。骸骨少年の皮袋を、やかんとして考えたわけだ。
あいつの足をつかんだのも、かかと落としを嫌ったからというよりは、そこを起点に熱が加えられるんじゃないかと思ったからだ」
「…………ッ!!!!」
戦闘の経緯を思いだし、言葉に詰まった。
なるほど、薄弱ではあるものの一応の筋は通っている。
よくもまあ、あの劣勢からひっくり返したものだ。
窮鼠、猫を噛む。
悔しいが、ぐうの音も出ない。
美紗は苦し紛れに、唇を強く噛んだ。
皮膚が破けたのか、血の味が口内を満たしていった。