47.羽柴家vs藤原家⑤
「拳銃……いや、モデルガンかの?」
藤原道草は一介の保険屋だ。
密輸入の裏ルートがあるとは考えにくい。
そう判断した槐は。
「まずは、その玩具をしまいなさい。所詮はこけおどしじゃろう?」
胸の前で服のたもとを合わせ、腕を組んだ。
「さあ、どうでしょうね?」
道草は唇に、奇妙な笑みを浮かべると。
「撃発してみなければわかりません」
そう引き金に指をかけた。
「異なことを言う若造じゃな」
円卓のふちに引っ掛けた手を、強引に持ち上げる老人。
垂直に立ち上がった卓袱台が、保険屋に向かって唸りを上げる。
直後――心臓を震わせるほどの破裂音が、近くで、鳴った。
中心部をらせん状にえぐられた円卓が、音もなく倒れると、うすく白煙を立ち上らせる銃口が、顔をのぞかせた。木屑が四散し、宙を泳いでいる。
「本物……じゃと? お主それをどうやって」
「大鏡の能力ですよ。いずれは自家薬籠中の物になります」
「大鏡? なんじゃそれは」
「お教えいたしかねます」
「それは厄介じゃのう。大鏡、か」
火薬の臭いが鼻をつく。
話し方から察するに、保険屋は大鏡を所持していないようだ。
「提案があります」
「なんじゃろうか」
「このまま為す術なく、眉間を撃ち抜かれたくなければ」
藤原道草は、拳銃を握る手を震わせて言った。
「羽柴舳艫を抹殺してください。その者こそが、あの事件の主犯格なのですから」
なんじゃと!
思わず出かかった言葉を、咳払いでごまかす槐。
どうしてその名前を知っている?
お主はどこまで知っておる?
詰問したくなる衝動をぐっとこらえ、
「それは無理じゃ」
小さくかぶりを振った。
「なんでですか?」
「北家は羽柴家で最強の血族じゃ。そう易々と討伐を掲げていい相手ではない」
「でしょうね。もちろん先刻承知です。しかし、東家と藤原家が手を組めば、討てない相手ではない。あなたもそう思ったからこそ、我々に同盟をけしかけたんでしょう?」
「それはちと違うわい」
「ほう、どこが間違っているのですか?」
「ワシの余生もおそらく長くはないはずじゃ。いずれは灯火とも袂を分かつときが来るじゃろう。そうなったときは、孫の力になってやってほしいんじゃよ」
「美談を濁すようで恐縮ですが」
保険屋は再び撃鉄を起こし。
「このまま眉間を撃ち抜かれたいのですか?」
そうトリガーに指を差し込む。
「構わぬよ」
死にいく男は、堂々と言い放った。
槐の眉間に、黒い点がひとつ、出来た。
そこを起点にして赤黒い液体がこぼれ始める。
刹那、屈強な肉体がカーペット上に転がった。
巨大な破裂音が衝撃波となって。
道草の耳膜にいつまでも残り続けた。