43.羽柴家vs藤原家①
「俺はなにも、ガンジーのように生きろとは言わない。非暴力、不服従。そんなのはべつに望まないし、面従腹背も嫌いだ。だけど……」
呼吸を整えて。
ボーッと、眠くなるまぶたを擦り。
意識とは関係なく、流れ出る鼻水をすすり。
羽柴灯火は、厳然と断言する。
「今のお前は被害者じゃない。加害者だっ!」
スポットライトを浴びるようにして。
橋場ハルキと。
山田和樹は。
臙脂色の光で照らされていた。
2人の顔には大粒の汗が浮かんでおり。
尋常ではない様態を、適切に物語っているようだった。
「次から次へとしつこいわね。本当に今日はなんなの?」
まるでマトリョーシカだ。
倒しても倒しても、次々に敵が出現する。
藤原美沙は怒りで肩を震わせた。
「本当にもう、典嗣に点滴を射ってあげたいのに……」
もどかしくて、息が詰まりそうだ。
パッ……と。
藤原典嗣の細腕が、山田から離れた。
身体の支えを失った山田は、膝から崩れるようにして倒れ込む。その表情からは生気が感じられなかった。
激しくむせる山田を尻目に、美沙は訊く。
「あんただれ? 典嗣の知り合い?」
「典嗣がだれなのかは知らねーが、そこの骸骨少年の知り合いだよ」
灯火はアゴの先を、典嗣に向けた。
「へー。これまたずいぶんと、薹が立った友人ね。お父さんと呼んでもいいかしら」
「悪いけど、今は軽口に付き合っている暇はないんだ。また今度にしてくれ」
ゆっくり、ゆっくりと。
灯火は典嗣に接近する。
灯火の目には力強い、光が宿っていた。
その双眸で、彼は激しく睨めつける。
「おい、骸骨少年。俺だ、羽柴灯火だ。
テメーなあ、俺はたしかに『なんでもやってみれば良い』とは言ったけど、やって良いことと悪いことの区別くらいはつけろよ!
何やってんだよ、お前はよおっ! 周囲からしてみれば、いじめッ子はお前の方じゃねーか」
灯火は言いたい放題に、喚き散らす。
風邪の影響か、頭がくらくらした。
「羽柴、灯火?」
美沙は突然現れた男子高校生の言葉を反芻する。
羽柴灯火。羽柴灯火。
もしかして、東家の羽柴灯火のこと?
「あなた、もしかして、東家の羽柴灯火?」
勢い込んで、美沙は尋ねる。
「ああ、そうだが?」
美沙の全身が総毛立った。
ようやく――ようやくこのときが来た。
「じゃああなた、おかしな扇とか持っているでしょ?」
「ああ。だけどそれは家に置いて来た」
「それは残念ね。能力もなしで私達と戦えるかしら?」
「るっせ!」
灯火は勇んで間合いに入り。
ジャブを放った。
目を真っ赤にさせ、奇妙な威圧感を発しながら。
典嗣は。
そのジャブを。的確に。払い落とす。
「くっ!?」
見切られた?
その完璧なタイミングに、固唾を飲む灯火。
これは、ヤバいかも……。
熱っぽくて実戦感覚が鈍くなってるせいか。
もしくは単純に、相手のほうが一枚上手なのかもしれない。
とにかく間合いを切らないと危険すぎる。
そう、半歩だけ。
灯火が後ずさったのを契機に。
典嗣のコンビネーションブローが牙を向いた。




