42.山田和樹の決行
藤原典嗣の拳打が。
山田和樹のボディにヒットした。
これで何発目になるのかは。
典嗣も山田も、もう覚えてはいない。
傍目から。
藤原美沙からしてみても。
その数を忘却してしまっている。
それほどの連打連撃を。
山田和樹は受けていたのだ。
それなのに、なんで。
美沙はふらふらとおぼつかない足取りの。
平衡感覚さえも失ってしまった山田に、問う。
「なんで? あなたはなんで倒れないの?」
「へへっ。愚問だな」
言葉とは裏腹に、ニコリとも笑わず。
山田はしかめっ面で啖呵を切る。
「男だからッ!!!!」
ズドンッ!!!!
と。
典嗣の拳が、山田の腹部にめり込んだ。
「うぷっ……」
せり上がってくる胃液を。
嚥下する山田。
鼻から少量の胃液が垂れた。
身体をくの字に曲げて、後ずさる。
その隙を見逃さずに、典嗣のハイキックが。
山田の側頭部を目掛けて、襲いかかった。
ドゴンッ!!!!
鎖鎌のように鋭い回し蹴りが。
山田の顔面部に的中する。
正確には、耳に当たった。
切れ味抜群の足刀は。
山田の耳を割いた。
傷口は深くないものの。
威力が、凄まじい。
そのため。
地面に叩きつけられるようにして。
山田は倒れ込んだ。
「つ……強ぇえっ!」
思わず声をもらしてしまう。
そして、気付く。
俺では典嗣に勝てないッ!!!!
だが、男には退けぬ戦もあるのだ。
山田は立ち上がった。
耳から血を流し。
目の焦点もろくに合っていない、危険な状態で。
奮然と立ち上がる。
「典嗣。テメーにとってはくだらねープライドかもしれねーけどな。俺はだれにも負けるわけにはいかねーんだよ。強くなければ、なにも守れない。友だちさえも、な」
うおおっ!!!!
山田は典嗣を狙って駆けた。
拳を振り上げ、よろよろと。
戦意はまだ、失ってはいない。
しかし、今の戦況を例えるならば。
スイカ割りがしっくりくるだろう。
山田は目隠しをされた状態で。
だれからの指示も受けずに、スイカを探し当ててぶっ叩く。
一方の典嗣は目隠しを外した状態で。
だれからの指示も受けずに、スイカを探し当ててぶっ叩く。
その差は一目瞭然だ。
山田に勝ちの目は、まず、ない。
ドゴンッ!!!!
手のひら下部が。
唐突に、山田のアゴを突き上げた。
まともに立つことさえ、困難になる。
狭い足場で、片足立ちをするように。
バランス感覚が狂う。
それでもなんとか。
両足で地面の感触をたしかめ。
5本の指を食い込ませるようなつもりで。
山田は直立姿勢を保った。
もしも、と。
嫌な予感が、山田の胸を満たす。
もしもここで負けたら。
俺の存在意義はどうなるんだ?
今まで友だちだと思っていたあいつらは。
これからも友だちでいてくれるのだろうか?
彼らは強い俺の威を。
借りたかっただけじゃないのだろうか?
もしもそうなら。ここで負けたら。
強い俺は存在しなくなるわけだから。
友だちはだれもいなくなる。
嫌だ。
そんなのは絶対に、嫌だ。
負けるものか。
負けるものか。
負けるものか。
次の瞬間。
山田は脳に強い揺れを感じ。
そこから先の意識を失ってしまった。
だが、典嗣の猛攻。
もとい、暴行は止まらない。
仰向けに倒れた山田の肩に、渾身のかかと落としを喰らわせたのだ。
「うぐっ……」
うめき声を上げて、山田は覚醒する。
今度はのどに、典嗣のつま先が突き刺さった。
山田はゲップのような、鈍くこもった声をもらす。顔中に血管が浮き上がった。
必死の力で吐き出した、山田の唾は赤黒い。
もう瀕死の状態だ。
そんな彼の首に、典嗣の細い腕が巻きつく。
徐々に、徐々に。
その腕が持ち上がる。
まさか催眠状態の典嗣は。
山田を扼殺するつもりなのだろうか。
それは、まずい。
美沙は慌てて止めようとしたが。
背後からの叫び声に驚き。
その動きを一時中断した。