41.間に合うか、羽柴灯火
山田和樹の突然の咆哮に。
藤原美沙はビクッと身体を震わせた。
心臓が高く跳ね上がったのを感じる。
「落ち着け私、落ち着け私」
美沙は手のひらに、『人』という字を書いた。
手がくすぐったくなって、思わず笑みをこぼしてしまう。ちょっと余裕が出来た。
「あなた、だれ?」
動揺を隠すように。
極力強気な口調で、美沙は言った。
そんな彼女の表情は固く、こわばっている。
「だれじゃねーよ! お前はいったい何者だ!」
山田はすごい剣幕で、怒鳴った。
その迫力は、離れたところに位置している美沙にも、十分伝わってきた。
この人、怒ってる。
美沙はそう判断し、意地悪く目を細めた。
ちょっと痛めつけてやろーっと。
そう考えると、胸のもやもやが晴れる気分になった。
だけど、典嗣の身体は大丈夫かな?
そろそろ点滴の時間なんだよな。
まあ、すぐにお片付けすれば、なんとかなるか。
「私は羽柴家の敵よ。天敵。
そこで苦しんでる子も、羽柴家の一派だから、こらしめたのよ」
美沙はそう言って。
腹を手で押さえ、丸くうずくまっている、橋場ハルキに視線を投げた。
山田和樹の目が大きく見開いた。
爽快!
愉悦に満ちた感情が、美沙をとりこにする。
「お前が……やったのか?」
慎重に言葉を選びつつ、山田は声を張り上げた。
遠くてはしゃべりづらいと、山田は美沙に近付く。
距離は十分あるが。
美沙はすこし怯えたように後ずさった。
「そ、そうよ。私『達』がやったのよ。
愛の共同作業っていうのかな」
美沙は『達』を強調して。
藤原典嗣の背中に隠れる。
「ああ、そう。私達、か。
だったらあんたは抜けてくれ。
俺はサシでこいつとやりてーんだ」
このまんまじゃ、終われねぇ。
ずし、ずし、と。
重くしっかりとした歩調で。
山田は歩く。
肩で風を切るような、厳めしさがあった。
「さあ、来いよ! 典嗣ゥ!!!!」
思ったよりも足取りは重く。
疲れやすい。
「はぁはぁ……」
膝に手をついて。
息を整える、羽柴灯火。
走る度にシャツが擦れて。
火傷をした患部が痛む。
それの治癒および、痛みの抑制のため。
体力が削られる。
悪循環だ。
ようやく住宅街を抜けた。
あとは橋を渡って、河川敷まで一直線だ。
そう、頭ではわかっている。
しかし。
「ゴホッゴホッ……」
せきが出始めた。
肺やのどが、苦しくなる。
頭も痛い。
目眩がする。視界が揺れている。
関節の節々が痛む。
暑いはずなのに、すこし寒気がした。
冷涼な風が通りすぎると、身震いするほどだ。
「風邪かもな……」
それでも。
走る速度は緩めない。
骸骨少年が待っている。
そう考えると、すこしだけ元気が湧いてくる。
西日が川面からも姿を消そうとしている頃。
羽柴灯火はようやく河川敷の道路で。
藤原典嗣らを発見した。
そこでは一方的な暴虐シーンが、展開されていた。




