40.水鏡の真骨頂
鼻血を垂らし、襟首を赤く染めながら。
藤原典嗣は立ち上がる。
大したダメージもなさそうに。
……つまずいたから、起き上がった。
そんなイメージで。
対する橋場ハルキは、そうはいかなかった。
手首をぶらぶらと振った瞬間。
膝から崩れ落ちたのである。
身体の内部が爆発したような衝撃。
これは。痛み。
それを知覚するのにも、時間を要した。
今まで経験したことのない、激痛。
それが、ハルキの脳内を麻痺させ、判断を鈍らせたのだ。
「肉を切らせて骨を断つっていう慣用句があるでしょ?」
激痛に身もだえするハルキには。
藤原美沙の言葉が届かない。
それどころか、夕日すらも霞んで見えるくらいだった。
ハルキの感覚神経が。
どんどんシャットアウトされていく。
「あれがなかなか容易じゃなくってね。相当の覚悟がないと相討ちなんて出来るものじゃないのよ」
目を開けていることさえ億劫になる。
このまま意識を遠くに飛ばして楽になりたいくらいだ。
「そろそろわかってきた? これが水鏡の真骨頂よ」
耳が機能しない。
鼓膜に届いた振動が、脳に伝わらない。
熱い。
あれ、どこかが猛烈に熱い。
熱い、アツい、あつい!
あつ……イターいッ!!!!
痛い痛い痛い痛い。
胸部を。
一瞬一瞬。
金槌で殴られているくらい、痛い!
痛い痛い痛い。
息が詰まる。
痛みの連続パンチだ。
しかも。
起き上がろうとするときは。
なお、最悪だ。
巨大なハンマーでぶっ叩かれたような圧迫感に加え。
臓器をガスバーナーで焼かれているような、そんな感覚。
なんだ、これは?
脂汗が額に溜まる。
手や足にも、汗をかく。
止まらない、止まらない。
とめどなく溢れ出る。
おかしい。おかしい。
一体どうなってるんだ?
発汗とは関係なく。
頭からは血の気が引いていく。
目を固くつむり。
歯を食いしばって耐えるハルキ。
その不安そうな顔に向かって。
藤原美沙は言った。
「そんなに心配しなくていいわよ。
ただ単に、鎖骨を折っただけだから」
これで復讐は終わり。
と。
美沙は典嗣の催眠術を解こうとしたが。
「の……典嗣ッ!!!!」
催眠状態の彼に、なにかを叫ぶ少年が現れた。
「あなた、だれ?」
驚いて。
ハトは美沙の上空を旋回し始めた。
それを受けて彼女は。
露骨に迷惑そうな仕草を見せる。
「お前、ハルキさんになんてことを……」
土手で怒鳴り散らす少年は。
いじめっ子の山田くんだった。
「ハルキさんの保護がなくなったら、俺ら、中学生に目ぇつけられるかもしんねーんだぞ」
宣言します。
なんだかんだで、だらだらと続いちゃっていますが、百話までには必ず終わらせます。
終わらなかったら、また別の抱負を考えます(笑)。