4.西風扇の威力
ざざざ……と、一陣の風が吹いた。
うっそうと生い茂る雑草は、まるでおじぎをするようにしてこうべを垂れた。
ただそれだけだった。
ただそれだけで、虚空は灯火の正確な位置をつかんだ。
「私を中心として円形に吹かせた風……。ただの雑草ならなんの抵抗もなく倒れてくれるけど、それでも倒れることなく空気の流れをさまたげた人間の形をした遮蔽物はどこか。空気を肌で感じていればわかること」
西風扇によって灯火の居場所を察知した虚空は、彼の背後に回り込んだ。
次いで虚空は、灯火の呼吸の乱れを確認し始める。相手の息遣いを空気で感知し、ストレスや疲労度を推し量る目的だ。
「あのさー、虚空さんよ。後ろにいるのはわかってるんだけどさー。いつになったら襲って来てくれんの? そろそろぶん殴りてーんだけど」
「えっ?」
虚空はつい声を発してしまった。
ある程度の距離は確保していたから、灯火には聞こえなかったが。
それでも明らかに動揺していた。
「なんでわかったの? もしかしてはったり? そうよね、私にはあなたがどこにいてもわかるけど、あなたにそれは不可能だものね?」
「対象者の体温が0.3度も上昇。過度なストレスが原因と考えられる」
「ねえ、聞いてる?」
「当然だ。引かれ者の小唄がよく聞こえる」
「なんですって!」
虚空が空気の流れを利用して、敵の居場所を探ったように。
灯火は気温の変化を利用して、敵の居場所を探っていた。
要は熱探知。
周囲よりも高い温度。
加えて日が暮れているにもかかわらず、温度の変化が乏しい物体――それを探っていたのだ。
人間は恒温動物――体温の上下は少ないからだ。
「そろそろぶん殴ってもいいかー」
平坦な声で確認する灯火。
「やれるもんなら――」
虚空は西風扇を振った。
たちまち突風が出現する。――風速40メートル。それが灯火に勢いよく叩きつけられた。
「ぐっ……」
灯火は両脚を開いて懸命に耐える。
砂塵が舞っているため目は開けられず、踏ん張ることしかできない。
石のつぶてが灯火の顔面に集中して飛んだ。虚空が投げているのだ。
灯火の両手は、顔面を守るために上がっていく。
そしてボディががら空きになった。
虚空は加減しながら、西風扇をもう一回あおいだ。
持続時間を考慮してのことだった。
相変わらず40メートルもの突風が吹き荒れている。
虚空はそれを追い風にして、灯火めがけて跳んだ。
一足飛びで敵の眼前に迫ると、虚空は跳躍の勢いを上乗せして、灯火のがら空きの腹部に痛烈な蹴撃をお見舞いした。
灯火は吐瀉物をまき散らし、地面に倒れた。
白目をむいて身体を痙攣させている。
それに構うことなく、虚空はジャングルジムを縛っているPPロープをほどきにかかった。
もちろん気絶した様子の灯火からは、東炎扇も回収した。
寝起きの彼に暴れられては困るから、虚空はPPロープをほどくのであった。