37.藤原典嗣、猛攻!
「あー、そうだそうだ。忘れるとこだったー」
少女の手元で、なにかがキラリと光った。
「羽柴ハルキくんだっけ……。言っておくけど、君もただじゃ済まさないよ」
「ああっ!?」
「言ったでしょっ! これは羽柴家と藤原家の全面戦争なんだって。うちの家族を氷漬けにされたんだよ。そりゃあ黙ってられないでしょ?」
「なに言ってっか、全然わかんねーけど、妄想も大概にしろよ」
藤原美沙は、腰に手を当てて立ち上がる。
ナイフだと思っていた例の物体は、ただの手鏡だった。
「水鏡の威力、たっぷり見せつけてやるんだからっ!」
「なんだ、その水鏡ってのは?」
嘲笑う、ハルキだったが。
先程とは比にならない殺気を感じて、振り返る。
そこには目を真っ赤にさせて、肩で息をしている藤原典嗣の姿があった。
「すまねぇな、放置して」
橋場ハルキは謝罪し。
「そこのねーちゃん片付けたら病院に連れてってやるから、今はおとなしく……」
「うがあっ!!!!」
ハルキの言葉など聞こえていないのか。
典嗣は有無も言わせずに、飛び掛かる。
「しゃーねえ。ちぃーっと我慢しろよ。一発で終わらせる」
左拳を前に出し、右拳を引き。
腰を若干ひねって、半身の姿勢をつくり。
ふーっと半分息を吐き出して、止める。
「殺しちまったら、少年院飛び越えて少年刑務所だからな」
ハルキが拳を放った瞬間。大気が、揺れた。
少なくともその周囲にいたものは、それを肌で感じたはずだ。
「ぐはぁっあああ!!!!」
絶叫する、ハルキ。
「バカな、バカなッ!」
典嗣は瞬時に、相手の攻撃を察知して。
敵の拳を手刀で払った。
そして前傾に崩れたところに、猿臂。
金属バットのように固い肘で、アゴを突き上げたのだ。
ハルキは舌こそ噛まなかったものの、足取りが泥酔者のそれのようになっていた。
典嗣は追うように、間合いを詰め。
連撃を繰り出した。
「ぐわぁっ……」
あえぐ、ハルキ。
平衡感覚がほとんどなくなり。
だれと戦っているのかさえ、よくわからなくなってきた。
「なかなか、やるじゃねーか」
ハルキはとりあえず強がってみせる。
気持ちで負けたら、確実に陥落してしまうと思ったからだ。
ここは単発単発で攻めるには、勢いが相手に傾きすぎている。言うなれば、敵は下り坂を自転車でくだって、自分は上り坂をのぼるようなもの。圧倒的に不利な形勢。
その流れを絶ち切るには。
この“手”しかない!
ハルキは腹を膨らませて、息を吸い溜めて。
少しずつ吐き出しながら。
間断ない拳打の集中豪雨を降らせた。
「ウオオオリィイイイヤアアアッッッッ!!!!」
しかし。
典嗣は怯むことなく、その雨の射程圏内に侵入する。
「イイイヤアアアッッッ!!!!」
パンチの手数を増やして応戦するハルキ。
そのため息切れがいつもより早くなってきた。
早くも手が止まりそうだ。
ランダムに放ったハルキの拳が、いくつか典嗣に命中する。
命中はするが、典嗣の足を止めることは出来ない。
「くっそ!」
思い切り息を吸い込んで、体重を乗せて打った一撃は。
典嗣によって簡単に弾きとばされてしまった。
そしてすぐに。
反撃が来る。
掌低だ。




