36.謎の少女と宣戦布告
頭が重い。
思考が単調になる。
立っていることさえも、おっくうだ。
ああ、眠くなってきた。
「お兄ちゃんは来てるかな……」
藤原典嗣はとりとめのないことを考えながら。
河川敷に羽柴灯火の姿を探す。……いない。
もしかして帰っちゃったのかな。
それとも最初から来ていない?
それじゃあぼくが戦ってる意味ってなんなんだろう。
「おぅらッ!!!!」
靴をはいたハルキの黒いジャージが、腹へ目掛けて伸びてきた。
「ぐぼぁら」
数歩後ずさり、典嗣は耐える。
無意識に腹筋を固めていたのだ。
しかし、そのダメージは計り知れない。
ハルキの攻撃は。
ひとつひとつが、一打必倒の威力を誇る。
さすがに、もうこれ以上は限界だ。
喰らえば、沈む。
その覚悟でファイティングポーズをとった。
やらなきゃ、やられる。
逃げる体力は、ない。
蹴られた腹をさすると、じんと痛んだ。
「見た目以上にタフな身体してるじゃねーか。見くびらせやがって」
両手をだらんと垂らして、ノーガードで接近するハルキ。
一方の典嗣は、立っているだけでも辛そうだった。
「ゴフォッ!!!!」
典嗣は1度、強く咳き込んだ。
ドボドボッと溢れ出た赤い液体が。
襟首を朱色に染める。
吐血した典嗣を見て、ハルキは足を止めた。
もしかして内臓をつぶしてしまったのかと、心配になる。
「がはっ……。オエッ!」
ビチャビチャッと飛び散る液体が、典嗣の嘔吐感に拍車をかける。
盛大にまき散らされた吐瀉物に顔を突っ込むようにして。
典嗣は気を失ってしまった。
「はっははっはははっ、あーはっはっは! 全然物足りねーなぁ、おいっ!」
血沸き肉躍る戦いで。
全開に放出されたアドレナリン。
それの行き場を失ったハルキは。
狂ったように、喚き。騒ぐ。
「おいおいおいおいおい、これしきでくたばってんじゃねーよ」
「ハトが逃げてしまいます。あまり大きな声は出さないでください」
唐突に。
ハルキの背後から声がした。
緩やかな傾斜地に――問題の少女がいる。
「餓鬼の目に水見えずね。あれ? 魚の目に水見えずだったかしら?」
うーん。ことわざって、いろいろあってわかんない。
と。
少女は、屈託のない笑みをハルキに向ける。
その娘は小学生なのだろうか、赤いランドセルをわきに置いていた。
髪型は男の子のような、ショートカット。
服装は至ってラフな、Tシャツにアウターを羽織っているという感じ。
チェック柄のスカートからは、細くて白い脚がのぞいている。
女の子座りをしている少女の股に。
いわゆるスカートの中に、ハトが入っていた。よく見るとコッペパンを小さくちぎってあげているようだ。
「なんだ、クソガキ。殴られたくなければ失せろ」
「うーん。そうしてあげたいのは富士山なんだけど、ひとつ質問を浴びせてもいいかしら」
「なんだよ」
「あなたって、もしかして、羽柴家の人だったりする? たとえば、おかしな扇を持ってたりするかなーって……」
おかしなのは、お前の話し方だ。
そう言おうと身構えたハルキだが、なんとかその言を引っ込めて。
「橋場ってのは、たしかに俺の名だ。
お前、俺の知り合いだったのか?」
「昔々は、たけうまの友逹だったかも知れないね」
なんだよ、たけうまの友逹って。
俺はたけうまなんて、乗れた試しがないぞ。
ていうか、たけうまと友達って、ずいぶんと寂しい幼少期を過ごしてきたじゃねーか。
まあ、こんな不思議系天然少女だったら、友逹が出来ないのも無理はないだろうが。
それにしてもたけうまの友逹って……。
「それはもう、爆竹の勢いで、友逹だったよ」
「スゲー勢いだなっ!」
「話を逆再生するけど、良いかな?」
「勝手にしろ!」
「あなたの名前って、もしかして羽柴灯火?」
「だれだ、そいつは。俺の名前は橋場ハルキだ!」
「ああ、そうなの? 羽柴灯火は聞いたことがあるんだけど、ほかは知らないなあ」
少女は落胆したようにそう呟く。
「ちなみにそいつには、なんの用だ?
もし会ったら逓伝してやるよ」
「じゃあこう言ってよ」
手のひらにハトを乗せて、少女は言う。
「宣戦布告は受け取った。これからは羽柴家と藤原家の威信をかけた全面戦争になると思え。覚悟してるぞ。藤原美沙より」
「なんだよ、覚悟してるぞって」




