35.藤原典嗣vsハルキ
先に仕掛けたのは、ハルキだった。
ぐっと足に力を込めて、間合いを詰めていく。
「はっ、速い!」
藤原典嗣はたじろいだ。
重心が後ろに下がる。
くん、と。
ハルキの上半身が沈む。
膝を屈曲させて、踏み込んだのだ。
鎌のようなハルキの両手が、典嗣の足を挟み込むように襲い掛かった。
身体を沈めていたため、ハルキの顔面の位置は低めにある。
それを見逃さなかった典嗣は、相手の顔面に膝蹴りを叩き込もうと身構えた。
「「今だっ!」」
期せずして、2人の声が重なった。
威力抜群の膝蹴りが。
ハルキのアゴを狙う。
「くっ」
しかし、届かない。
フェイントだったのだ。
ハルキの両足タックルは、典嗣の膝蹴りを引き出すためのトラップ。
タックルに動じない典嗣を見て。
ハルキは脚のバネをフルに稼動させ。
跳んだのだ。
今度はハルキのアッパーが典嗣に迫る。
「うおっ!」
身体をのけ反らせることによって。
典嗣はアッパーを回避した。
何歩か後ずさった典嗣に向けて。
ハルキは感嘆の声をもらす。
「なかなかの反射神経だな」
「…………」
対する典嗣は言葉を返せない。
ハイレベルな攻防を繰り広げたため、息を整える必要があったのだ。
「なら、これはどうだっ!」
またしても、先に攻め込んだのは、ハルキ。
助走をつけ。
腹部目掛けて、跳んだ。
狙うは内臓に突き刺すような、強烈な膝蹴りだ。
腹に向かっての蹴りなら……。
と、典嗣は思考する。
1度受け止めて、それから反撃してやろう。
「甘いっ!」
一喝するハルキの声が。
典嗣の脳内で弾け飛んだ。
鋭角に折り畳まれた、ハルキの膝蹴りが。
眼前で変化したのだ。
屈曲させた膝を。
真っ直ぐに伸ばして。
典嗣の首を、貫くように。
「ぐっは……」
とっさに身を引いた典嗣だったが。
のど仏をつぶすように、ハルキのつま先がめり込んだ。
一瞬、典嗣の視界が赤く染まった。
背面から地面に叩きつけられる。
痛みというよりも、脳に伝わる衝撃で。
典嗣は自分が倒れ込んだことを知った。
脳が揺れたせいか、視界がぐるぐるする。
急転倒したため、三半規管までおかしくなったのだろうか。
ああ、ぐるぐるする。
気持ち悪い。
呼吸が苦しい。
口の中に血の味がする。
「ほぅ……」
戦意を喪失していたら。
顔面を川につけて、溺れさせてやろうと。
ひそかにそんなことを企んでいた、ハルキだが。
ぶるぶる……と。
産まれたての小鹿のようにしてでも。
立ち上がる気概を見せた典嗣に。
改めて感心させられた。
「まだやるか、小僧ッ!!」
嬉しそうに、ハルキは言った。