33.嵐の前の静けさ
本日の授業日程がすべて終了した。
赤と黒のランドセルが、教室から姿を消していく。喧騒に包まれた室内は、一瞬にして閑散とし始めた。
「先生、さようならー」という女子の声が。
ときどき静寂を破っていたが、やがてそれもなくなった。
そんな中で。
居残りをさせられている生徒がいた。
山田和樹である。
「くっそー。漢字テストなんかやってる場合じゃねーのに」
頭をがりがりと掻きながら、山田は言った。
読みの問題は出来るようだが、書くのが苦手らしく、白紙の上で鉛筆が止まっていた。
「すまねーな。待たせてしまって」
隣の席で自習を行う藤原典嗣に。
山田は礼を述べた。
「礼はしなくて良いから、今は再々テストに集中しなよ」
そっけなく反応して。
計算ドリルの問題をこなしていく、典嗣。
小学生ってなんでこんなに宿題が多いんだろう。
そんな疑問が浮上したが、おそらく隣の席のような人間に、勉強時間を与えるためだろう。
そんな隣の席の山田は。
まくし立てるように言った。
「先生。漢字なんて書けなくても、読めれば良いじゃないですか?」
浅黒い顔はすっかり消沈して白くなり。
細く整った眉毛も、なんだか弱々しい。
ただし、詭弁だけは一丁前だ。
「知らねーよ。必須科目なんだから我慢しろよ」
担任の教師は困ったようにそう言った。
「すいません、先生。もう書けません。限界です」
「あきらめたらそこで、テストは終了だよ」
「丸つけお願いします」
どれどれと、テスト用紙を受け取って。
しげしげと眺めたが、担任は首を横に振った。
「すまん。これは丸つけが出来ないな」
「なんでですか? わかるところはちゃんと書きましたよ」
「丸の箇所が1個もないからだ。これだと、バツつけになる」
「大丈夫です、先生。0点の0を丸と考えれば、丸つけが成立します」
「なるほど、こりゃあ1本とられたっ!」
こいつは安西先生じゃなくて、漫才先生だな。
典嗣はあきれながら、2人のやり取りを観察していた。
「仕方ないな。課題を出すから、明日までに提出しろ。それで再々々テストは免除してやる」
膨大な量の課題を言い渡し。
担任は教室から出て行った。
「すまん。待たせたな」
「へつに良いよ。たった今、宿題も終わったところだし」
じゃあ行くか、と。
2人は体育館裏に向かう。
「まさかあの手紙の送り主が、ハルトのお兄さんだったとは驚きだよ」
渡り廊下を歩く、典嗣と山田。
黒いランドセルが、2つ揺れていた。
西日が差し込んで、明るくなった通路は。
人通りがなく、寂寥感に溢れていた。
「さしずめ俺からだと思ったんだろ? そんな回りくどいことはしねーよ」
「そうだよね。普通はしないよ」
家庭科室の磨りガラスが。
燃えるような臙脂色で輝いている。
その付近に差し掛かると、ちょっと眩しかった。




