32.クレイジーハルキ
「腕がジンジン痺れるよ。
これじゃあ被害者はぼくらだねッ!」
きっと前腕部でデブの蹴りを受け止めたのであろう。藤原典嗣はそこをさすって言った。
「そうかもな……」
これはヤバい、と。
山田和樹は冷や汗を流す。
当初の予定では、典嗣といっしょに頭を下げて。
どうせなら土下座でもして。
ハルキの兄に、許しを請うつもりだった。
なのに。
なのにどうして。
どうしてこうなった。
典嗣は上級生がいるにも関わらず。
3階の廊下を堂々と歩く。
むしろこちらが先輩だと言わんばかりに。
だが彼ら、上級生も。
下級生のように丸くはない。
チープな窓ガラスは、先週、業者が取り替えたばかりだし、男子トイレでは頻繁に故障が起き、今では使用が禁止されている。
廊下の中央にある水飲み場は蛇口が外されていて、排水口には紙くずが詰まっていた。
「6-3の教室はどこかなー」
そんなすさんだ校舎を。
意気揚々と闊歩するのだから、畏れ入る。
山田はげんなりとなりながらも、どこかに頼もしさを感じていた。
「違うんですって、ハルキさん。決してそういう意味ではありませんよ」
どこかの教室から、悲鳴にも似た高い声が発せられる。その声が近付くにつれて、人混みも増していった。
すいません、失礼します。と。
人をかき分けかき分け進むと。
『6年3組』と書かれた表札が見付かった。
普段は掲げられているはずのそれは、地面に落ちていて。
踏まれて、真っ二つに割れていた。
典嗣が息をのむ。
それを確認し、すこし安堵する山田。
このまま殴り込みに行くのかと思ったら、そうではないらしい。
そりゃそうだ。
連れてきたのは自分自身なんだし、典嗣がそんな主体的な行動をとるわけがないか。
山田はそう胸を撫で下ろした。
そんな典嗣はというと。
教室の扉から、室内をのぞき込んでいた。
傍若無人だなとあきれつつも、それにしたがう山田。
「…………ッ!」
言葉を失った。
凄惨。
その二文字が、陳腐な思考をかっさらう。
なんだ、この光景は……。
これが、上級生だというのか。
その教室にいたのは、男子生徒が2人。
他生徒の侵入や、先生の介入を防ぐために。
2ヵ所ある出入り口には、机によるバリケードが敷かれていた。
椅子はあちらこちらに散乱しており。
教材や荷物類は、しっちゃかめっちゃかにかき乱されている。
しかし、その描写は。
あくまでも客観的でしかない。
キャラクター目線で言えば、そんなところには目がいかないはずだ。
まず彼らの視線をさらったのは……。
ひとりの男子生徒だった。
その者は。
鼻がおかしな方向に折れ曲がり。
アゴがあらぬ方向に外されていた。
両目には青あざが出来ていて。
こぶのように腫れ上がっている。
床のところどころに。
血を雑巾で拭いたような跡がある。
悲鳴をあげていた人物が、流血しながら這いずり回ったのだろう。
それだけでも十分に、阿鼻叫喚の地獄絵図。
身の毛もよだつ光景だというのに、ハルキの拷問は続けられる。
標的の髪の毛をつかんで。
窓側へ連れていくハルキ。
そのまま被害者の顔面を使って、窓ガラスを1枚1枚、割っていく。
「うううっ……」
とてもじゃないが、直視が出来ない。
吐き気を催した山田和樹は。
典嗣の襟首を引っ張って、階下へと向かった。
その足取りは、恐怖を隠しきれていなかった。
しかし、畏怖していたのは、山田だけではない。
藤原典嗣も例外なく恐怖していたのだった。