31.レベルが違う
「めんどうなことって、なに?」
藤原典嗣は早足で廊下を歩く。
隣ではいじめッ子の山田和樹が、焦ったような表情を浮かべていた。
「良いから早く6年の教室に行くぞっ!」
ぐいっと。強引に典嗣の腕を引っ張って。
山田は階段を2段飛ばしで駆ける。典嗣もそれにならった。
しかし典嗣は、勢い余って段差につまずく。
手すりにつかまって、体勢を立て直した。
「おいおい、しっかりしてくれよ」
と、後ろを向いた途端。
山田は壁のようなものにぶち当たり。
後方へと転落してしまった。
「いてて……」
「あー、痛ってー。
こりゃあ骨が折れたわー。慰謝料一千万円寄越せや」
山田がぶつかった男は。
恰幅の良い、団子のような体型をしていて。
全体的に大柄なタイプだった。
その細い目からは、鋭い殺気が放たれている。
「骨が折れたかどうかは、お医者さんに行って、診断書とレントゲン写真をもらってきてから判断してください。もしかしたら骨粗しょう症かもしれませんよ? おじいさん」
典嗣はそんな上級生に向かって、喧嘩を売る。
団子デブの首筋に太い血管が浮かび上がった。
気味の悪い薄笑いを顔に貼り付けて。
蹴りのモーションに移行する。
ただし、それを見破られないために。
顔を叩いて、冷静さを取り戻す演技をした。
「口の聞き方には気を付けようねっ!」
デブはそう言って、典嗣に背中を向ける。
「典嗣、避けろっ!」
場馴れした経験則から、山田は怒号を飛ばす。
大声が踊り場に反響した。
「気付くのが遅ェんだよ。このアマちゃんがあッ!」
デブの身体が回転し。
瞬間、蹴り足が現れる。
典嗣の掣肘線に、デブのつま先が迫る。
後退しようにも、典嗣は階段の途中にいるのだ。
下手をすれば、足を踏み外すかもしれない。至極危険である。
だからといって、相手の攻撃を受ければ。
受け身も取れずに真っ逆さまだ。
ここは捨て身の覚悟で飛び降りるしかない。
山田はそう判断して。
声を張ったのだが。
どうやら間に合わなかったらしい。
典嗣はデブの攻撃を受けた。
「いや、違う。これは……」
受け流した。のか。
蹴りがヒットする刹那。
片手で敵の蹴り足を弾き。
もう片方の手で。
重心をずらされたデブの上半身を崩して。
回し蹴りを、いなしたのだ。
まるで型の稽古をしているような軽快さで。
それを見て、山田和樹は戦慄した。
コイツ、侮れない。
ゾクゾクした。胸が高鳴る。
一方のデブは。
ソリのように滑走して、壁に頭をぶつけて止まった。
うつ伏せにダイブしたから、前歯が何本か逝ってしまい。
鼻や口からは微量の血を流している。
「怪我はない? 山田くん」
「ああ……」
気の抜けた返事をして。
山田はデブを見る。哀れむような目で。弱者を見下す目で。
そんな山田に。
藤原典嗣は、ほほ笑みかけた。
「山田くんは、気にしなくて良いよ。
だってコイツ、慰謝料を欲してたじゃん? もしも骨折とかしてたら、大好きな保険金が入ってくるんだよ。至れり尽くせりじゃんか。ねッ?」
ブルッと。
山田の身体が、再度震えた。
マンネリした日常に、台風が吹き荒れる。
「もしも本当に保険金をもらったなら、ぼくはそれを折半してもらうつもりだよ。
だって協力者なんだからね。
山田くんはどうしたい? コイツからもらいたい?」
典嗣の残虐な思考に、胸が痛んだ。
それでも山田は、非難するでもなく、普通に答える。
「俺は結構だ」




