30.いじめッ子の山田くん
ゆったりした調子のチャイムが教室中に響いた。
それを合図に、日直は「ごちそうさま」を言い。
各人が粛々と食器を下げ始める。
食缶の置かれた配膳台の前に、行列が出来た。
片付けが終われば、あとは昼休みだ。みんな浮き足立っている。
骸骨少年こと、藤原典嗣も。
この時間がたまらなく好きだった。
虚弱体質ゆえに食事はほとんど摂らず、1日1回の点滴で日々を過ごしている彼にとって。
食事という行為は、おのれの不健康さと真正面から向かい合う苦行なのだ。
その苦痛から解放されるこの時間こそ。
喜びで胸がいっぱいになる思いがした。
「よお、典嗣。ちょっと話があるんだ。給食当番の仕事をしたら、顔出せや」
いじめッ子の山田和樹は、片手で食器を持って。
典嗣を小突いた。
その振動で山田のお盆から、牛乳瓶が転がり落ちる。割れなかったものの、派手な音が鳴った。
山田和樹は、大きな瞳を見開かせて。
近くにある雑巾で床を拭いた。
鋭利な眉毛が小刻みに動いている。
親切な女子が救援に入った。
典嗣はそれを無視して、自分の食器を片付ける。
「おい、テメェ……。わかったか!」
浅黒い顔を赤くして、山田は怒鳴った。
それを無視して、典嗣は1階のコンテナに食缶を運びに行った。
「おい、典嗣。テメェなあ、俺の親友、ハルトをボコるとはどういう了見だ?」
山田は漢字の再テストを受けながら、訊いた。
解答欄はほとんど白紙のままで。
昼休みの、貴重な時間だけが過ぎていく。
「どうもこうもないよ。それにボコったんじゃなくて、ぼくは喧嘩をしたんだよ」
典嗣は山田の隣の席に座って。
宿題の、計算ドリルを解き始めた。
「喧嘩だと? それでハルトが負けるかよ」
吐き捨てるような断定口調で。
テストの鬱憤を晴らすように山田は言った。
彼は、がしがしと頭を掻きむしる。
「勝ち負けはともかく、運も実力のうちってことだよ」
おどけるように言って。
典嗣は計算ドリルを閉じた。
しゃべりながらだと、集中出来ない。
「それにさ。悪いのはハルトくんなんだし、ぼくに逆恨みをされても迷惑なんだよね」
「ハルトが悪い? どういうことだ、それ。
お前らの間で、なんかあったのか?」
困惑したような顔で。
山田はテスト用紙から顔を背けた。
どうやらなにも聞かされていないらしい。
そう判断した典嗣は、当時の状況を説明する。
「昨日の放課後。ぼくは友だちの筆箱を探してあげていたんだ。
引き出しに入れたはずなのに、なくなっていたらしいからね。
いっしょに探したけど結局見つからず、ぼくらは頭を悩ませていたんだよ。
そうしたらね。なにがおかしいのか、ハルトくんは嘲笑しながら教壇に立って、ぼくの友だちの筆箱を高々と掲げたんだよ」
つたないながらも、典嗣は必死で真意を伝える。
窓際の席で、女子たちがトランプをやり出した。
キャーキャーと、こだまする嬌声が。
すこし耳障りだった。
「あいつが、盗んだってわけか」
「そういうこと。だからぼくは、彼に、返してくれるようにと頼んだんだよ」
「なるほど」
「どれだけ頭を下げても、まったく返す気配のない彼。それでついにぼくの沸点がリミットに達しちゃって……」
「で、喧嘩になったのか?」
「そういうことだよ」
「言いたいことは大体理解した」
山田は漢字テストの空白部分を。
適当な文字を書いて埋めた。
再テストの不合格は確実だ。
「テスト終わりました」
ばん、と。教卓に漢字テストを叩きつけて。
「これはまた、めんどうくせえことになりそうだ」
心底うんざりしたように、ため息を吐く山田和樹。
体育館裏に典嗣を呼び出したのは。
本当に彼なのだろうか。
山田の立ち位置が不安定であることに、典嗣は疑念を感じていた。




