27.熱戦、サウナ対決
「これが……修行、なのか? 湯治じゃなくて?」
「ハイビスカスのご隠居さんから、熱の分散は教わったんだろ。だったら今すぐそれを使え。修行にならないぞ」
「いや、あれは周囲に熱気を逃がす技だから、そんなに密着してるとやけどするぞ?」
「心配ない。風前の灯火」
「風前の灯火!? 言ってくれるじゃねーか、障子の張り紙」
「なんだと? やんのか、コラッ!」
「アアッ!?」
高温サウナに、羽柴灯火と富士宮正二は入っていた。
そこはヒノキの香りが漂う一室で、室温はおよそ90度前後に管理されている。
初心者向けの入り口方面と、上級者向けの暖炉方面があるが、彼らは後者に座っていた。それも上段と下段のうち、温度が高い上段にである。
真っ赤に染まった裸体を並べて、男2人は語り合っていた。
「今すぐ決着をつけてーとこだけど、ここはひとつ、大人の決め方をしねーか?」
「はあっ?」
「そう噛み付くな、薄汚い歯形が残るだろ」
富士宮正二は年長者として、比較的穏便な解決策を提案した。
「今から長くサウナに入ってたやつが勝ちってのはどうだ? お前も熱分散を習ってるみたいだし、異論はないだろ?」
「ねーけど……」
「だったら決まりだ」
富士宮正二は股を広げて、どっかと座りなおし。
腕を組んで目をつむった。
心頭滅却すれば火もまた涼しとは言うが、彼は本当に涼しそうな顔をしている。
「納得いかねーな、これじゃあ俺の横綱相撲になるじゃねーか」
しかし、灯火はこれから思い知ることになる。
横綱は自分ではなくて、富士宮正二だということを。
それは優に30分を超えた時間帯であった。
熱分散などは使わずに、相手に合わせて正々堂々と戦ったつもりの灯火だったが。
ある異変に気付いた。
土砂降りにでも打たれたかのように憔悴し、汗を流している灯火とは違い。
富士宮正二はほとんど汗をかいていなかったのだ。
「これは、一体……?」
「全くがっかりだな、東家の末裔。まるでお話にならない。これ以上続けたら、お前は脱水症状で倒れちまう。試合はやめだっ!」
「ちょっと待てよ。勝負はこれからだ」
「残念ながらもうやる意味はない。やりたいならひとりで続けてろ」
「最後までやってみなきゃわかんねーだろっ!!」
「もしそれが本心なのだとしたら、これだけは言わせてもらおう」
ギイッと浴場へと通じるサウナの扉を開いて。
富士宮正二は言った。
「試合の最中に手ェ抜かれたやつの気持ちも考えろ。こんな屈辱的な勝ち方をしても、ちっとも嬉しくねーぞ。ちゃんと戦ってほしかったら、初見の印象だけで相手を侮らず、全力を尽くしてちゃんと戦え。
これが実行出来るようになったら、またいつか相手をしてやるよ」
ずきっと、胸が痛んだ。
そこに手をやるとやけどの痕がまざまざと残っていた。
「あのときの敗北から、俺はなにも学んでいない」
それを思い知らされた気分だった。




