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四つの扇  作者: オリンポス
3章:捲土重来を期する、東家と西家!!!
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25.名家・富士宮旅館

「いや、ここは温泉っていうよりも……」灯火はあんぐりと口を開けて、「旅館じゃねーかっ!」


 そうなのである。

 槐が連れてきたのは、古きより代々の伝統を語り継ぐ名家、富士宮(ふじのみや)家が営む旅館だったのだ。


 立派な屋根によって覆われた玄関口には、予約者の名前が書かれた門松が飾られており、和の趣が感じられた。さらには送迎用の黒塗りのタクシーが専用の駐車場に控えており、ときどきその高級車を滑らせては、人目をさらっていた。


 そんな富士宮家は、羽柴家の中でもとくに東家との結びつきが強く。

 槐はもちろんのこと、灯火の両親とも深い親交があったのだ。


「久方ぶりじゃな、富士宮正一」

 槐は旧友との再会にいくらか頬をほころばせていたが、フロント越しの丸眼鏡をかけた年配者は、じーっと無遠慮に値踏みするような目線を投げかけて、口元を固く引き結んだかと思うと、「はて、誰じゃったかの?」と失礼千万なことを言った。


「ついにボケおったか、この老いぼれが!」

 槐は顔を真っ赤にして怒鳴ったが、それはすぐに驚愕の表情に変わってしまった。


 ——というのも。


竹馬(ちくば)の友を見間違えるとは、遺憾千万じゃよ。全く老いとは恐ろしいの。えーっと名前はなんじゃったか、ハイビスカスだったかの?」


 奥から出て来た老年男性が、まさしく尋ね人その者だったからだ。


 富士宮正一は半身を二つに折り曲げ、杖をついて登場した。髪の毛はないが、その養分がアゴに流れたと見えて、立派なアゴひげを蓄えている。彼の両目は白く濁っており、白内障患者であることが予想された。


 ジョークとも言い難いやり取りを交わしたあと、槐はようやく本題に入った。

 一方の灯火は、離れたところにある一人用のソファに腰を落ち着けていた。


「正一。お前さんの孫は元気かの?」

「言わずもがなじゃ、ハイビスカス」

「灯火の修行に付き合ってもらえんかの?」

「この(わし)、自らがか?」

「いいや、違うわい。文脈を考えなさい」

「儂の孫——正二がか?」

「そうじゃよ、相手になってほしい」

「ふん、あいにくじゃな」富士宮正一は鼻を鳴らし、「正二は青二才に会わせる顔など持ち合わせておらんよ」

「それは、うちの灯火も同じじゃよ——」槐は息を詰めて、身を乗り出した。「これから南家との抗争が始まる。近いうちに北家ともやりあうかもしれん」


「なんだって? 全盛期のアンタやアンタの息子じゃあるまいし。

 そんなことをしたら結果は火を見るよりも明らかじゃよ」


「そう思うか?」

「当たり前じゃよ。東家は前線を退いた。だからこそ扇の存在も、孫に秘匿し続けたんじゃろ?」

「しかしここで折れれば、痛い目を見るのは灯火なんじゃ。本当は家督争いなぞ、ワシもさせたくはないわい」


 白い目で——比喩ではない白い目で。

 富士宮正一は羽柴槐を凝視し続けたが。

 やがて錆び付いたブリキ人形のように首を縦に振った。


「支度をして待っとれ、ハイビスカス! 東家には儂も恩があるからの」

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