19.台頭する東家・胎動する北家
羽柴灯火。
羽柴家の東端に位置する一族――通称、東家の中のひとり。
東家の人数は2名。
羽柴灯火とその祖父、羽柴槐である。
羽柴灯火の父親、羽柴炎暑と。
同じく母親である羽柴下火は。
羽柴家の北端に位置する一族によって抹殺されたため、すでに他界している。
そんな風に数奇な人生を歩んでいる羽柴灯火こそ、東家の中で最も瞠目に値する人物だと、北家で長男の羽柴舳艫は見抜いていた。
じつのところ。
❝小規模氾濫❞も。
❝過冷却❞も。
仕掛けたのは羽柴舳艫であるが、それはなにも敵対するために仕組んだ罠ではなかった。
そもそも例の河川に羽柴灯火が来たのは、純然たる偶然なので、そこはただの気まぐれという要素が強い。
だが驚くべくは。
❝過冷却❞を破られたことにあった。
敵意はなくても殺意を併せ持っていた羽柴舳艫は、当然のように彼らを皆殺しにするつもりだった。
ただなんとなく河川を氾濫させ。
ただなんとなくそこにいる人を溺死させるつもりだったが、その目論見はあえなく崩壊してしまったのだ。
目論見というか。
それはただの思いつきだったのだから、べつに失敗しようが、痛手ではない。
強いていうならお手つき程度の悪手だろう。
だがお手つきとは――自己の能力を無意味にさらす行為である。たとえ本気ではなかったとしても、それは本意ではない、悪手といえた。
「まあその代わり相手の手の内もそれなりに読めたがな……」
ひとりごとのように。読点もつけずに。
羽柴舳艫は、そう呟いた。
「学校がしばらく休校となったおかげで、一時的な転校の案内通知が来ておるが、修行もせずにむざむざ学校へ行かせる気はないぞ」
「学校なんか行かなくていいよ。まず当面の課題は、羽柴土竜だ」
「それでいい。西家も精密検査を受けたら、すぐに退院して修行を開始するそうじゃ」
「ははっ……。おもしろくなってきたな」
老人あらため――羽柴槐は。
無邪気にはしゃぐ灯火とは対照的に、浮かない顔になっていた。
それは南家および、北家の動向を案じてのことである。