14.傷心の河川敷
「うっ……。いつつ……」
肘関節の痛みで、灯火は目を覚ました。
失神後の目覚めとしては最低だったが、その痛みがきつけになって、すばやく意識を取り戻せたのも事実である。
「あれ、ここは……!?」
「ようやく気が付いた? あなたがそんなだと、西家まで安く見られちゃうんだからね」
虚空は腰に両手を当てて。
不満げに口を尖らせていた。
「南家は、土竜は、どこに行った?」
鈍く軋む腕をかばいながら、灯火は立ち上がった。
短く刈られた草は、太陽の光を浴びて気持ち良さそうにしていて。
潺潺と水が流れる河川では、母親とその息子と思しき男の子が元気にはしゃいでいた。
「見てわかんない? 敗走したのよ。私たちは」
「学校は? クラスのみんなは?」
「クラスの子たちは、消防隊員に救助されてたみたいよ。学校はしばらく休校で、地盤の調査をするみたい」
「なんで俺は、河川敷にいるんだ?」
「私が、運んであげたのよ」
「運んだ?
そうだ、東炎扇はどこにある?」
「ちゃんと取ってきたわよ」
そう言って扇を手渡す虚空の手には、たくさんの傷がつけられていた。
いや。
手どころか、身体中である。
顔も足も、まさしく満身創痍だった。
「ボロボロだな。俺たち」
「それでも敵わなかったね。
土竜は言ってたよ。1週間後くらいに扇をもらいに来てやるって……」
「それだけ余裕なんだろ? 今の俺等からなら簡単に奪えるだろーに」
「ホント。悔しいなぁ。負けてばっかでさ」
虚空はうつむいて。
灯火から顔を背けた。
「ん? どうかしたか」
西家のプライドを守るため。
毅然と振る舞い。
泣くのをこらえていた虚空だが。
もうとっくに、限界を迎えていた。
「うっ……。ひぐっ。だ……だってさ。私のせいで、西家まで悪く言われてさ」
ボロボロと大粒の涙を流しながら、虚空は続ける。
「悔しいなぁ、もっと力が欲しいなぁ。身内がバカにされないくらいにさ。すんごい力が。そうすればもう、だれにもバカにされないで済むんだよね」
「力、か」
灯火は思いっきり、伸びをする。
肘を真っ直ぐに伸ばして。
激痛が走ったが、どことなく気持ちが良い。
「そんなもん無くったってさ。
たとえ無力でも、ひとは必ずだれかの力になれる。俺はそう思うけどな」
「力に、なれる?」
「そうだ。運動が苦手なら頭で考えれば良いし、頭が弱ければ身体を鍛えれば良い。
本当の意味で無力な人間なんて、この世には存在しねーんだよ」
「そう……かな?」
「きっとそうだ。
他人からなんと言われようと、自分で自分のことを信じてあげなきゃ、いつまで経っても指針はブレるばかりだぜ?
東家には東家の。
西家には西家の。
南家には南家の。
それぞれの戦いかたがあるんだから、まずはそういうのから認めていくべきなんじゃねーかな」
「そう……だよね。うん、ちょっと励まされた」
言いながら、灯火は反省していた。
今日の体育の授業だ。
サッカーに限らず、なにをやっても連係プレーが苦手だった。
足が速い人、パスがうまい人、シュート力がある人、ディフェンスに定評がある人。
色んな人がいるのに、それを認めようとはしなかった。
虚空への励ましは、自らの改善点へと繋がっていたのだ。
「綺麗事だよ。お兄ちゃんたちさ。本当の意味で無力な人間も、ちゃんと存在するんだよ」
しかし。
あっけなく論を覆す人物がいた。
まだ年端のいかぬ少年である。
体脂肪はほとんどなく、あばら骨やら肋骨やらが、露骨なまでに浮き出ている。
まるで。
骸骨に人間の皮袋を被せたかのような、異常な痩せかただ。
「きっとぼくなんかは、家族の中でも足手まといなんだ」