12.南家の陥穽
「距離をとったのが、仇となったわね」
無数のガラスが突き刺さり。
苦痛の表情を浮かべる土竜。
虚空はそれを見て、誇らしげに言った。
「ふん、軟弱なセリフだ。ガラスなど、オレにとっては大過ないわ! 手術代を勘案したから、渋面になっただけだ」
「手術代?」
「ガラスの摘出手術だ。食道から入ったのならまだしも、皮膚から侵入したガラスを消化する自信はないからな」
「ふーん。それはご愁傷様」
言って。
虚空は思考する。
土竜にも五月雨式硝子旋風が通じるということを、今更ながらに実感した。
「こんなことを続けてもオレは絶命しないぞ、西家の者よ。
ましてや扇の使用量を無益に減らすことにも繋がるだろう?」
「そうね。とどめの一発が出せないんじゃ、私の劣勢は免れないわね」
扇には、使用制限がある。
力を使えば、エネルギーを消耗する。
その消耗したエネルギーは時間が経過しないと、回復しないのだ。
例えるなら、蓄電池。
電池が切れたら、しばらく使えなくなるのだ。
「オレもお前も、大技を使っていることだしな。ここはひとつ、徒手で戦わないか?」
ジグザグに歩いて。
土竜は虚空に接近する。
「いざというときのために、技を節約しようではないか」
虚空のポーチには、ガラス片のほかに。
金槌と。
大量の釘が入っていた。
しかしここで。
このタイミングで、扇を使用するのは。
あまりにも無意味。
ならば。
寝技には重々気を付けて。
格闘戦に持ち込むしかない!
東家との格の違いを見せてやるんだ!
「いいわ。その挑発に乗ってあげる」
だが、虚空が足を踏み出したその瞬間。
無情にも、土竜が仕掛けた技。
陥穽の法則が発動してしまった。
「んっ!?」
虚空は始め。
なにが起こったのかすら、わからなかった。
身体が宙に浮いたのかと、錯覚してしまった。
まさかアスファルトが。
自重で陥没するとは。
それもかなり沈んだのである。
落とし穴と表現しても決して過言ではないほどに。
その深さは計り知れなかった。
現実としての認識が。
追いつかなくなる。
「まさか、そんな……」
「どうかしたか、西家の者よ」
尻餅をついて、腰を抜かしている虚空に。
土竜は言った。
「あなたの扇は南土扇じゃないの?」
「その通りだが?」
「じゃあなんでアスファルトまで陥没させることが出来るの?」
「南土扇が対象としているのは、なにも、土だけではないぞ」
虚空の勘違いを。
ははは、と笑い飛ばして。
土竜は答えた。
「アスファルトも、グラウンドも、中央玄関の石階段も、床も、学校の階段も、人間が地面とみなすものすべてが、南土扇の対象となる。校舎の地盤さえも、意のままだ」
「へえ、そりゃすごいわね」
――虚空が落ちた穴。
陥没したアスファルトの直径は、約150センチ。深さは170センチほどもある。
女の子にしては、比較的長身な虚空だが。
腕を伸ばして這いつくばらないと、脱出は不可能だった。
しかし、そんな脱出法方では。
もぐら叩きのように、すぐに叩かれてしまう。
では、いったい。
どうやって脱出すればいいのだろうか?




