1.東炎扇の威力
この世に四つの扇あり。
東家が所有する――東炎扇。
西家が所有する――西風扇。
南家が所有する――南土扇。
北家が所有する――北水扇。
東西南北に分割された扇を、人々はこのように総称する――四羽扇と。
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「ではこれまでのおさらいじゃからな。よく聞くがよい」
日本家屋の一室では、二人の男が正座をして向かい合っていた。
老人は長かった話を要約して、一人孫の灯火に説明し始めた。
まだ高校生くらいの灯火はたたみの上で、何度も足を組み替えていた。
「我々東家が所有するのが、東炎扇。これから決闘をする相手が西家であり、西風扇じゃ」
「だからさー。俺が言ってるのはそんなんじゃなくてー」
灯火は不満そうに、「なんで西家と決闘しなきゃなんないの?」
老人はすこし長くなるから覚悟せいと忠告し、
「四羽扇はもともとひとつの家が所有しておったんじゃよ。今でこそ東西南北に分かれてしもうたが、我々羽柴家がな。しかしそんな羽柴家に一つの災難が起こった。家督争いじゃ。本来は羽柴家で最年長の男子が後継者を指名していたのじゃが、そのときばかりはちと違うての。候補者は四人もいたというのに、ご隠居は結局だれのことも指名せんかったのじゃ」
「よくわかんねーけど、後継者を指名しなかったってことがそんなに重大なのか?」
「そうじゃよ。四羽扇の所有権はその後継者に託される。つまり、じゃ。四羽扇を巡って内輪もめが勃発したのじゃ」
「なーんだかなー」
灯火は掛け軸とともに飾ってある東炎扇を見て、「たいした価値もなさそうじゃんかよ、このうちわ」
「バカモノ!」
老人は一喝した。「この扇はあおげば炎を出現させることのできる魔法の扇なんじゃぞ」
「へー、バカみたいな設定だね。そんなの子どもでもだまされねーよ」
足がしびれた灯火は血行をほぐしてから、東炎扇を手に取った。
開いてみると、表には東、裏には炎と印字されていた。扇全体の配色は赤色、文字は黒色である。
「これ、よさんか!」
血相を変えて老人が立ち上がる。
灯火は、「大丈夫、大丈夫」と扇を軽く振った。
ボワンッ!!!!
すると東炎扇からは、灯火の眼前を覆い尽くすほど巨大な、火炎の球体が出現した。
ちりちりとたたみを焦がしていく。天井も少しずつ侵食されていた。
続いて灯火の網膜を、火炎の光と熱が刺激し痛めつけた。
髪の毛や眉毛が焼ける。それによる煙の臭いが灯火の鼻腔に侵入した。
愕然としている老人はその熱気と火力のため近寄ることができない。
灯火は死を決意した。
しかし――ライターのスイッチを切ったみたいにして、一瞬で火炎の球体は消失した。
灯火が軽くしか振らなかったため、周囲を燃焼させるだけのエネルギーが足りなかったのである。
「ああ、よかった」
へなへなと灯火はその場にへたれこむ。
突然、ほほをぶたれた。
老人だった。
「バカモノ! ええ加減にせえッ!」
灯火は先程の恐怖と現在の痛みにより、こらえていたものがこみ上げてきた。
彼はそのまま泣き崩れた。顔をたたみに押し付けて、涙も鼻水もよだれも全部まとめて垂れ流した。
「大丈夫じゃったか、灯火。怪我はなかったか? 怖かったじゃろう。すまんな。こんな戦いに巻き込んでしまって」
嗚咽とともに上下する背中を、老人は優しくゆすっていた。