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間合いは十分に詰まっていた
まさか隊長が撃つはずはないとハルトは思っていたが、ピオじいさんも隊長も
引く気配はない
息が詰まるような時間が流れた
空には渡り鳥の群れがさきほどより多くなっていた
遠くの野原ではハルトのやぎたちがゆっくりと草を食べているのが見える
隊長の引き金にかけた指がかすかに動くのが見えた
ハルトは
「あっ!」
と小さく叫んだ
次の瞬間、ピオじいさんのもつ剣のふちが虹色に輝いたように思えた
それは一瞬の事だった
剣が空を切る音と同時に銃声がした
ハルトは目を疑った
隊長の持つ軍用の大型拳銃の銃身が、まっぷたつに切断され、宙に舞った
あまりのことに、その場にいた者のすべてが何が起こったのか理解するのに
時間がかかったが、我に返った隊長が叫んだ
「な、何をしている、こいつらを撃ち殺せ!」
まわりにいた3人の兵士たちは
その銃口をハルトたちに向けて狙いを定めた
兵士たちは困惑していた
隊長の命令ではあったが、実際発砲するとなると、あとあと面倒なことになる
それは十分承知していたのだ
3人はお互い顔を見合わせ、困惑した表情である
ここ何年も発砲事件など起こっていなかったし
王制をひいているとはいえ、議会もあり、治安に関しては厳格な社会である
この血気盛んな隊長にあきらかに当惑している雰囲気であった
その場にいた誰もが、隊長の引き金の動きに殺意のあったのを感じていたのだ
隊長はしばらく興奮したおももちであったが
ふと何かを考えついたのか
にやりと笑って言った
「じいさん、大変なことをしてくれたな、たしかに凄腕なのはわかった
そこのガキがしたことも、まあいいとしても、このまま見過ごすわけにはいかん
大切な陛下よりいただいた拳銃を壊されたんだ
それに、おまえのその剣は金属を簡単に切り裂いた
お前の腕だけではあるまい
なにか秘密があるにちがいない、お前らの身元を確認の上、その剣を没収しお前を連行する」
ピオじいさんは、剣をさやに納めると静かに言った
「隊長さん、この剣はわが家に先祖代々つたわるものじゃ、秘密などない
拳銃を切断したのはまぐれじゃろう、
わしも、驚いている、ほんとじゃ」
ハルトの男にとって、剣は命のようなものだ、それを没収されるとは、
最大の屈辱である
「まあいい、それはいづれ、憲兵隊で申し開きするがいい、それともそのガキも
一緒に連行してほしいか?どうする?」
ピオじいさんは、しばらくハルトの顔を見つめていたが
剣をさやごと腰のベルトからはずすと
隊長に差し出した
「おじいさん!ぼくが悪いんだ、やめて」
ピオじいさんは満面の笑顔をつくって
「なあに、ハルト心配するな、この剣には秘密なんかありゃせん、悪いのはこいつらじゃ
すぐ帰ってくるさ」
「物わかりがいいな、じいさん、連行しろ!」
そう言うと兵士たちはピオじいさんをせき立てて、装甲車の後部搭乗口へ向かった
ひとりの兵士が、腰につけた何かの測定器をピオじいさんの右腕にある
青い入れ墨に当てると、一瞬白く輝いた
腕の入れ墨はハルトの民族を管理するための、情報コードになっていた
兵士はさらにハルトにも近づき、測定をした
「お前らは、これで逃げも隠れもできないんだ、バカなことを考えるな」
と意地悪そうに言った
ハルトは兵士の顔をにらみつけた
ピオじいさんは、後部ハッチをくぐる前に立ち止まって、隊長の方を向いて言った
「隊長さん、ひとつだけ聞いていいか?」
「何だ?」
「あんた、あの子を本気で撃つ気じゃったろう?」
隊長は不敵な笑みを浮かべながら
「ああ・・」
と短く答えた・・・・・
そのころ、遠く離れたメギドの王宮で
石造りの尖塔の小さな窓から
悲しげな顔をして
はるか遠くのハルトの方角を見つめるひとりの女官がいた
年の頃は40前後
うらぶれた面持ちではあるが、美しい女性である
彼女の名は
グレーテ・ラル・ハルト
そう・・・ハルトの母親である