−2−
ハルトは12歳になっていた
いつものように、家畜の群れをつれてハルト地方特有の高原へと向かった
この地方の子供はよく働く、というよりも子供も働かなければ暮らしていけないほど
疲弊しているのだ
中央の王族が支配するメギド地方は豊かな穀倉地帯であり、商業、工業もさかんで
科学技術も発達しており、最近ではこの惑星の外周に衛星植民地をもつほどの
豊かさであった
宇宙を人が行き来するこの時代に、まるでタイムカプセルのように時代おくれの
この地方は目を疑うほどであったが、それには何世紀にもわたって
変わらない迫害の歴史があったのだ
それほどまでに、王族はなぜハルトの人々を忌み嫌うのか
いや王族だけではない、この惑星の住民のほとんどが決まって言う
「ハルトだからしかたがないよ」
それには深く長い歴史をひもとかなければならない
いつもの放牧地に着くとハルトはいつものように草笛を吹き始めた
高原の風は初夏の訪れを告げ
ほおにあたる空気はここちよく、この地方がそんな場所であるとは微塵もかんじさせない
おだやかな朝をである
高原のあちらこちらには、朽ち果てた石造りのおそらくは建物であったろう古代の遺跡が
散在していた
この地方の住人のだれもがその由来を知る者もなく
はるか昔には独自の文化と文字を持っていたという伝聞がまことしやかに
ささやかれていたが、今では誰も知るものもなく風景のなかに埋没していた
ふと遺跡の陰から何か動くものが出てきた
ハルトはそれを見つけると、口にしていた草笛を
「フッ」
と風に飛ばしておもむろに右手を挙げて、おおきく振り始めた
「ピオじいさん、おはよう」
見ると左右の腰に大きな袋を下げた、見るからに貧しそうな老人が
少し足をひきずりながら杖をたよりに近づいてくる
その顔は齢70は過ぎたかと思われるが、肉厚の血色いい顔をしている
片手を大きく振りながら、満面に笑みをたたえて近づいてくる
やはり笑顔で迎えるハルトの大きく振られた右腕には
青い大きな入れ墨がある
老人はハルトの前まで来ると、右腕を指さし
「だいぶ目立ってきたなあ、お前の入れ墨も・・・まあそれだけ大きくなったというわけだ」
そう言うと老人はその長い口ひげを大きく風になびかせて、笑った
「そうかな気にしたことはないけれど、そう言われれば・・・」
ハルトは自分の腕と老人の顔を交互に見比べて、不思議そうな顔をした
「生まれた赤ん坊に入れ墨をするとは、いくらなんでもな」
そう言うと老人は急に目をそらして遠くの平原に顔を向けた
なだらかな平原の向こうには、幾重にも山並みがつらなり
遙か向こうにあるであろうメギドの広野は見えるべくもない
ハルトはこの地方に生まれた男子は、みな産まれた時に入れ墨をされること
そのときメギドの監察官と呼ばれる男達が来て、それを行うこと
そしてそれは古くからの習慣で、誰も不思議に思わないあたりまえの事であると理解していた
老人の言い方が少し奇異に感じたハルトは、最近気が付いたあることを質問してみた
「おじいさん、なぜ街の男の人は入れ墨をしていないの?」
老人は急にハルトの方を向き直ると、不思議そうにしているそのあどけない顔を見つめた