表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天然荘の魔女  作者:
怠惰の女王
6/8

怠惰の女王は落ちる

ご無沙汰してます。


イギリスから帰って参りました。


素敵な街並み、人々、歴史に触れられて最高でした。


今後は紅茶の知識を増やして行きたいと思っております。


今回はレンカの魔女っぷりの回です。

真っ白に染められた世界で鳥は鳴いた。

早朝、まだ日が登り始めようとしている刻。

世界の中心となる街は濃い霧に覆われていた。

地理の理由かわからないが暖かくなってくると霧が良く街を覆うことがあった。

酷い時は一キロ先から見えない時などあった。

今は早朝のため人々はまだ寝床に入っていた。

静寂と霧が街を支配する中、街外れの郊外にある大きな屋敷で何かが起ころうとしていた。

その気配を察しているのか屋敷の庭の木に作られた鳥の巣の雛が鳴きはじめた。

その木の側の部屋では屋敷に来たとある客人がすぅすぅと寝息をたてていた。

いつもよりふかふかの布団でぐっすりと眠っているようだった。

しかしその終わりは突然やってきた。

ベッドのはじに置かれた高級そうな茶色い時計がけたたましく鳴りはじめた。

客人はベッドから飛び上がり滑って床に背中をぶつけた。


「いだあ⁉⁉」


と客人は鳴いた。

尻餅をつくその客人は少年の姿をしていた。

十八くらいの好青年である。

しかし他の者と違い濡れたような漆黒の髪と瞳を持っていた。

彼は起き上がり鏡を覗き、毎朝みているそれを睨んだ。

どうやら自分の姿が気に入らないようだ。

西洋系の多いこの街ではかなり珍しい人種のため後ろ指を差されることが多いのだろう。

少年は顔をしかめながらも鏡から目をそらし衣装棚に向かった。

いつもの服装に着替え準備を整えると真鍮のドアノブを回した。

ドアの外は白い大理石で出来ておりひんやりと冷たかった。

春が来ても早朝は寒いものである。

少年は身震いしながら肌寒く広い廊下を歩き目的の部屋に急いだ。

広い屋敷の道順はまだ曖昧だったため寝ぼけた頭から記憶の断片を必死に集めながらしばらく彷徨った。

やっと一階のとある部屋に着いた。

部屋の中からランプの光がこぼれているのを見て少年は安堵した。

そして恐る恐る扉に手をかけた。

少年は真っ先に中でトントンと何かを切る娘を目で捕えた。

そして深呼吸をし声をかけた。


「お…おはようございます…」

「…」


何かを切る音は止み、娘はゆっくりと少年を振り返った。

娘はちょうど二十歳時のようだった。

輝かしい年齢を余所に元は美しい茶髪の髪は無造作に一本ゴムで纏められ、その時折光に反射し金色に輝く茶色い瞳は挑発的に相手を射抜いた。

娘はじっと少年を見据えるとまた何かを切る動作を再開させた。

そして一言。


「遅い、疫病神」


その言葉を聞いて少年は顔をしかめた。


「その呼び方やめてくださいって言ったじゃないですか…レンカさん」

「疫病神は寝起きが苦手なのか。知らなかったよ、キク」


少年・キクに娘・レンカははっとせせら笑った。


「皮肉は止してください…これでも早く起きた方です」

「それではこれからもこの時間帯に起きろ」


寝るのに生きがいを何故か感じるキクはびくっと体を震わした。


「遅れたらミンチにして動物園のトラの餌に売れるかもしれないなあ」


レンカはにやにやと笑いながらえげつないことを言った。


(この人ってまったく…)


キクはレンカの異名を思い浮かべた。

『魔女』

魔女だなんておとぎ話に出てくる悪役としか知らなかったがレンカに会ってからは実在するのかもしれないと何度も思った。

レンカは免許を持っていないのにもかかわらず、サプリのご時世に薬草に詳しい。

そしてかなりの毒舌や喜ばしくない行いに『魔女』という異名を授かっていた。

まあ腕はかなり良い。


「何を作ってるんですか?」


キクはレンカに近づきキッチンの台を覗き込んだ。


「これって…大根…?」

「これからあの肥え太ったプロテインの塊である豚娘の為に食事を作る」


(上流階級の令嬢に豚娘って…なんてことを…)


キクはぎょっとしたが聞いていなかったことにした。


「あんなに肥え太られたらハムにするしか使い道がないからな。まずは運動より食事だ」

「食事って…かなりの量じゃないですか」


キクは隅に置いてある使うだろう食材の山を見た。

そして少し違和感を感じ首をかしげた。


「痩せるために食事をとらない奴もいるようだがな、そういうやつは後が怖い。食べて痩せるのが体に良いし精神的苦痛も減る。ついでにあのバカ親が言うには娘と同じ食事をこれからメイド共にも食わせるように言ってきたためこの量だ」

「えええ!?」


思わずキクは声を上げた。

偉い人をバカ親って…いやちょっと待て、メイドってかなりの量じゃないか…!


「だからこその早起きじゃねえか。突っ立ってないでさっさと働け小僧。じゃないと煮込んで晩餐にすんぞ」

「は…はい!」


キクは急いで準備に取り掛かった。


--------------------------------------------------


時は午前九時。

毎日十一時起きであるという例の令嬢は小さなおめ目をぱちぱちとしていた。

いつもならお嬢様、朝でございますよとメイドが優しく微笑みながら優しく起こしていたが今回ばかりはそうはいかなかった。

すやすやと気持ちよく寝ているところをいきなりやってきた見知らぬ女が箒で殴ってきた。

経験したことのない痛みに思わず飛び起きたぶくぶくの令嬢を見て女はにやにやと笑っていた。

今までそのような下品な笑みも見たことなかった令嬢は贅肉で小さくなった目を丸くさせた。

今まで何不自由なく暮らせたため外部に興味を持ったのはこれが初めてであった。


「起きなさい、この豚が。まっとうな人間はもうとっくに活動してますよ。それともその体で枕営業ですか?」


豚?豚料理のこと?枕営業?どういう意味?と言わんばかりに令嬢は女を見続けた。

女は二度寝を避けるためか布団を床に投げ捨てた。


「食事の用意が出来てますよ。生憎メイドさん方は私が追い出してしまいましてねえ。自分の豚足で来てくださいね」

「…トン…ソク…?」

「豚の足を使った中華料理というものです。貴方の足はまさに的確な材料になると思いますよ。よかったですね」


女はそう言ってほくそ笑んだ。


「あ、そうそう。ついでに毎日の食事は朝の九時、昼の一時、晩の六時になってます。遅れたら飯抜きなのでそのつもりで」


女はそれだけ言うとドアを開けたままにして外に出て行った。

まるで魔女のように鬼畜な女にじっくり刻まれた豚はベッドの上でポカーンとまだ口を開けていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「あら、自分の足で来たんですね。偉いもんですな」


食堂の椅子に汗だくで座る令嬢に朝、部屋に来てリアルにたたき起こしてきた女・レンカはまたにやにやと笑いながら声をかけた。

令嬢は食堂まで初めて自分一人だけでその余分な贅肉をたくさんつけた体を支えて来たのだ。


「すぐ食事を持ってきますよ」


レンカはそう言って手を二回叩いた。

すると厨房の中から一人の少年が御盆を持ちながらやってきた。

そして少年はそのお盆を令嬢の前に置いた。

その見たことないような品々に令嬢はまた眼を丸くした。


「キク、茶がたりないぞ」

「あ…!」


キクと呼ばれた少年はあわてて厨房に戻って行った。

それを呆れたように見た後レンカは令嬢のそばまでやってきた。


「こちらは玄米です。そして味噌を溶いた味噌汁というスープに大根、わかめを入れてます。そして野菜とゴマを和えたものと野菜の漬物です」


レンカは淡々と皿の中身を説明していく。

令嬢はそれをじっと凝視していた。

いつもとは違う、そして肉が無い料理。

レンカはそれを察したのかこういった。


「肉は味噌汁に入っている豚肉だけです。共食いになりますが、肉が入ってるだけありがたく思いなさい」


いつの間にキクが野菜だらけの料理の隣にコップを置いていた。


「それはジャスミン茶です」


レンカは淡々と言うとナイフとフォークをいつまでも料理を凝視し続ける令嬢に渡した。

令嬢は渡された途端にスイッチが入ったように料理に食いついた。

レンカはそれを見て呆れ、キクは苦笑いをした。


(多分令嬢にとって料理の中身はどうでもいいのかもしれない…)


キクはそう思いながらも無くなるジャスミン茶を注いで行った。




「レンカさん」


食事後の皿を洗うキクと、その隣で何故か水を大きな水差しに入れているレンカの姿が厨房にあった。


「なんだ」

「どうして和食にしたんですか」

「そういえば疫病神の故郷の料理だったなあれは」


疫病神という言葉が出てキクは顔をしかめたが無視することにした。


「朝食に玄米や味噌汁などを出したのはダイエット、美肌への効果を期待したものだ。最低限の栄養が取れるし無駄なものが少ない。食事を変えるなら穀物がいい」

「じゃあ和食が最適ってことですか」

「あの豚は体に無駄なものをためすぎた。余分な脂肪、糖分など、ニキビの原因になる油の過剰摂取など…ダイエットするならまず食事からだろう。食事抜きにするあほ共もいるがそれは後が怖いと言っただろう。よく覚えておけ」

「はあ…その大量の水どうするんですか」


キクはレンカが大量の水が入った水差しを見て言った。


「豚に飲ませる」

「その量を!?」

「何せ余分なものを大量にためているからな。水は体の余分なものを流す。一日に普通サイズのベットボトルの量以上を飲むのは必須条件だ。嫌でも飲ませる」


レンカの珍しい笑みにキクは背筋を凍らせた。


(可哀そうに…)


令嬢の地獄の日々を予測しながらキクは自分の仕事に戻るのだった。




それから一週間、一日三食野菜中心の料理に変えレンカの精神的にも来るような言葉を放たれながらの軽いトレーニングで瞬く間に令嬢の脂肪は減って来ていた。

見た目からもわかるように痩せていく令嬢を見て今まで仕えてきた者たちも目を丸くした。

間食の禁止、野菜中心の食事、水分の補給といったシンプルな物でかなり痩せられたので今まで無駄なものを体に溜めていたことがわかる。

変わったのは体重だけでなく令嬢自身も変わっていた。

今までさほど周りに感心しなくても周りのメイドたちが勝手に世話をしてくれるので困らなかったがレンカがメイドが令嬢に接触するのに目を光らせるようになってから一人で最低限なことをやり遂げなければならなかった。

一人でゆっくり歩いて着替えてということくらいだが。

そして贅肉が付いてまともに表情を作れなかった令嬢だったが痩せてきたため贅肉も少なくなり顔の筋肉を動かせるようになった。

食事の時はうれしそうに、レンカに関わっている時には不機嫌そうにしているのを周りも感知出来た。

しかしまだ世間ではぽっちゃりしているなあ…くらいの認識をされる体である。


「痩せてもまだ豚ですのでもっとやせてもらうために運動してもらいます」


とレンカはランニングを日課に入れてきた。

しばらく座り続けの生活をしていた令嬢にとってゆっくり歩くのがやっとだった。

その為ランニングはやはりきついしやりたくない。

しかしあのレンカは甘やかしてくれそうにない。


幼いころ絵本で見た魔女のような女が現れてからこの一週間つらいことばかりだ。

最初あまり気にかけなかったあの女の話もだんだん嫌になってきたし、甘いお菓子も食べられなくなった。

全部あの魔女のような女のせいで辛いことばかりだ。


ランニングを始めて一週間、令嬢はそんなことを考えるようになった。

レンカの小言から逃れるように懸命に足を動かしても体は言うことを聞かなかった。

令嬢にとっては別に痩せようとか思ってないし、周りの大人が勝手にする大層迷惑な話だった。


だから今回マラソンを始めてサボったのだった。


令嬢はお嬢様と呼ぶ声を右から左に流しながらゆっくり階段を上がって行った。

屋敷の広い庭には一つ塔が建っており、屋敷中を見渡せるようになっていた。

令嬢はその長い階段をゆっくりと上がって行った。


そのころ、目的のお嬢様が逃走したことで魔女にこき使われていた可哀そうな少年、キクは無駄に広い屋敷の庭を散策していた。


「お嬢様ー?どちらにおられますかー」


そう言いながら草木を分けて進むこと三十分。

一向に見つかる気配はしない。


(参ったなあ…レンカさんかんかんに怒ってたのに…)


「早く帰らないと晩御飯の…いや、ディナーのメインディッシュにされちゃいますよー?お嬢さ…」


ふとキクの目に細長い古めかしい塔が入った。


(こんな広い庭に大きな塔…貴族様は違うな…)


キクはそう思いながらも塔に近づいた。

塔は煉瓦を積み上げて作られており、壁にはツタが絡まっていた。

中に入り上を見上げると空に向かって螺旋階段が伸びていた。

手すりはなく危なっかしい感じだが…。

この上に何があるのだろうと興味津々にキクは足を一段目に乗せた。


その途端、体に衝撃が走り後ろに倒れキクは頭をぶつけた。


「いたあああああああああ!?」


倒れた体にずっしり何かが乗っかっている。

キクは気を失いそうになりながらも一生懸命それをどけて見た。


「…お…お嬢…様…?」


其処には口をポカーンと開けてキクを見ている令嬢がいた。

次の瞬間令嬢がたんかを切ったかのようにわっと泣き出しキクに抱き着いた。

その勢いでキクはまた床に頭をぶつけた。


(み…見つけた…)


そう思いながらキクは暗い世界に引き込まれるかのように目を閉じたのだった。

<天然荘の薬草百科>


*ジャスミン

お茶やアロマにも使われるポピュラーな植物。

美肌や脂肪を溶解するダイエット、リラックス効果など。


朝食に和食を取り入れると肌にも健康にも良いそうですよ。

最近はセレブ達が和食ブームになっているとかなんとか。

ただはっきり言えば世界中どこに行っても和食ってかなり健康的だということですな。


ちなみに納豆は夜に食べた方が肌に良いんだそうな。


ご覧頂きありがとうございました。

次回もお楽しみに。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ