王に近い男の悩み
こんにちは
怠惰の女王篇の始まりです。
誤字脱字等は見逃してくださいまし。
早朝、霧がかるはずの裏町は春風により視界がすっきりしていた。
表街では何処かの川辺で種類豊富な花が咲き始める季節だ。
裏町は早朝は静けさを保っていた。
彼らは主な仕事も無く悠々と寝坊をする。
そんな裏町にある『天然荘』という薬屋の女主人、レンカは店の中で薬草を干していた。
煉瓦の壁で作られた二階の小さな植物園の壁の本棚から端のポールまで紐が繋がっており、そこに様々な薬草をぶら下げていた。
その種類は、ローズマリー、ツユクサ、ツバキなどほとんどは去年の夏に買い過ぎたラベンダーが場所を占領していた。
朝餉を作ろうとレンカは台所に向かった。
その時、ドンドンと乱暴にドアを叩かれた。
レンカは顔をしかめた。
まだ開店前である、この場合当惑した主人相手に強盗を行う輩かもしれない。
裏町は物騒なので油断はできない。
レンカは何処からか箒を持ち出して扉の前で構えた。
またドアを乱暴に叩く音がした。
レンカは鍵を開け、思いっきりそこにいるだろう者に箒を振りかざした。
そして時は経ち、レンカとキクは黒いリムジンに座っていた。
キクはそわそわしながらも移りゆく窓の景色に目を移したり、後ろからついてくる黒い車を見たりしていた。
そして隣に平然と座っているレンカにも目を移した。
「それで、何でこんなことになってるんですか」
早朝、キクはレンカに何故か箒ではたかれながら起こされ身支度が終わった瞬間、いつの間にか外で待機をしていた高級リムジンに放り込まれた。
何がなんだかわからないこの状況に混乱してしばらく口が聞けなかったが今やっとそわそわしながらも落ち着けたわけだ。
「ドアを叩かれたから箒を振り下ろしたらこうなった」
レンカはそう言った。
「…何でドアを叩かれたら箒で殴るんですか」
「普通裏町で早朝にそんなことされたらそうするだろ」
「それで何でリムジンなんですか?」
「リムジンは高級車、つまり貴族の乗り物だ。貴族に連行されている」
「はあ⁉」
キクは顔を引きつらせた。
「それは箒で叩いた相手が貴族だと⁉」
「多分な」
「それで俺たちは連行されていると⁉」
「その通り」
「そんなまさか‼俺にはやらなければならないことが沢山あるのに‼」
どうやらキクはその律儀な頭でレンカが箒で貴族を叩いたからこれから拷問、いや、最悪の場合殺されると考えたらしい。
殺される‼と後ろで騒がれ運転手は困った顔をしたが何も言わず運転手は自分の仕事に集中している素振りを見せた。
「ああ、もう終わりだ…あのちょっと騒がしかった人達ともお別れなんだ…アレンさんや胡蝶さん、俺らがいなくて大丈夫だろうか…」
「何これから死ぬような戯言言ってんだ」
レンカはニヤニヤしながらそう言った。
「何ニヤニヤしてるんですか⁉そもそもレンカさんが相手を確認せずに箒で…」
「ぐちぐちうるさいぞ疫病神風情が。どうやら着いたようだな」
レンカの言葉にキクは窓の外に目を移した。
いつの間にか周りは街から緑豊かな景色に変わっていた。
前に続く一本道の先には金色の豪奢で立派な大きな門が堂々と構えられていた。
一目見てわかる、貴族の屋敷だ。
(もうおしまいだ…)
キクは涙ぐんだ。
レンカはそれを知らんぷりしながら周りの緑豊かな景色を眺めていた。
二人を乗せたリムジンは門がゆっくり開くと共に中に入って行った。
それに続き先ほどから後ろについていた黒い車も入った。
中に入り直ぐ大きく豪華絢爛なエントランスが迎えた。
ご丁寧にエントランスの目の前でリムジンは止まり使用人らしき男がドアを開けた。
キクはレンカに押されるように外に出た。
「ようこそいらっしゃいました。旦那様がお待ちでございます」
執事らしき白い髪と茶色い目をした老人はそう言って建物に入って行った。
キクは戸惑いながらもそれにレンカについていく。
どうやら箒で叩いたのは貴族ではなくその使用人だったということを後々キクは知ることになる。
二人は執事に連れられ屋敷の奥にある他の部屋とは違う木で造られているドアの部屋の前まで来た。
純白で取っ手が金色のドアと違い厳格なイメージをさせる。
「旦那様、お客様がいらっしゃいました」
「入りたまえ」
執事の声に続いて中から低い声が聞こえた。
執事は木で出来たドアをゆっくり開けた。
「旦那様がお待ちになっていらっしゃるので中へどうぞ」
執事の対応に慣れていないキクはおろおろしていたがレンカがさっさと入って行くのを見て急いでそれに続いた。
中は薄暗く、広く美しい庭園の映る窓から日差しが差し込んでいた。
天井は西洋絵画が描かれその下に輝きを放つ大きなシャンデリアがぶら下がっていた。
部屋には長いテーブルが置かれ、そのデザインに合った椅子と食器が間隔良く揃えてあった。
そしてその奥の席に金色の髪を垂らしグラスの奥には碧色の瞳がある男がこちらをジッと見つめていた。
その貴族らしく高貴なオーラにキクは思わず一歩後ろに下がったがレンカはジッと男を見つめた。
そんなレンカをキクは不思議そうに見た。
(レンカさんってリムジンに乗ってもドアを開けてもらってもびくともしないよな…慣れてるのかな…)
レンカが何故か興味深そうに男を観察している様子を見てキクはそう考えた。
レンカと男は無言でお互いに観察していたが、男の方が口火を切った。
「遠路遥々良く来てくれた。感謝しよう」
貴族らしく上から目線の挨拶をした。
「名前は確か、りぇんふぁ…?」
「蓮華です。呼びやすい呼び方で結構ですよ」
レンカは珍しく敬語で淡々と克しっかり言った。
「それでは、『天然荘屋』と呼ぶことにしよう。そこの少年はどちら様で?」
男に話を振られキクはびくりと肩を震わせた。
「私の助手です。おまけとでも思ってください」
おろおろしている間にレンカが早口でまくしたてた。
おまけと言われ納得する男を見てキクは肩を落とした。
「じゃあ君はなんと呼べばいいかな」
「えっと…キクです」
「キク?変わった名前だな。やはり東洋出身の者は変わっている」
男はそう言いながら席に座るように促した。
二人は促されるままに男の反対側の二つの席に座った。
男は二人が座ったのを確認するとふむと頷いた。
「さあ、本題に行こうではないか」
「待ってください」
レンカの声が咄嗟にそれを遮った。
キクはレンカが男の話を遮ったことに驚いた。
(レンカさん、いつもとなんかちがうなあ…)
キクはそう考えながらレンカを見た。
普段は日の光に反射し黄金色に輝いているレンカの瞳は灰色に淀んで見えた。
「すまないな。私のことを知っていると思っていたが…自己紹介をした方がいいかね?」
「いえ、知っているのでいいです」
レンカは淡々とそう答えた。
(え、ちょっと待って…この人のこと俺知らない…)
キクは不思議そうに二人を見た。レンカはその様子を見て少し呆れ顔になった。
「王の右腕をなさっているシュタイン・マルチェッヘですよね」
レンカの言葉にキクはあんぐりと口を開けた。
シュタイン・マルチェッヘ…それはこの世界が統一された時に現れた新たな王の右腕と知られる男だった。
つまりお偉いさんである。
普段は高貴な方々は人の視線を避けるように隠れている為全く気づかなかったのだ。
まさか目の前の男が世界を動かす右腕をしているとは…キクは面食らった。
「私が知りたいのは貴方の名前でも地位でもありません」
面食らうキクの隣でお偉いさん相手に平然とレンカは対応していた。
「じゃあ何が知りたいのかね?」
男は不思議そうに、そして何かを恐れているように言った。
偉い人には重大な秘密があるのが大抵だ。
それを指摘されるのではないかと恐れているのだろう。
レンカは何かを見据えているように真っ直ぐ男を見た。
「誰にを聞いたんです?私のことを」
いつもより低い声が部屋に木霊した。
「…誰…とはどういうことかね?」
シュタインはレンカの声に臆さず貴族らしく堂々と尋ねた。
キクはレンカの反応を見た。
レンカの目はまだ淀み、冷たく光を放っていた。
(どうしてレンカさんはそんなことを言うのだろう…)
キクはレンカの趣旨が読み込めなかった。
今までこんなレンカを見たのは始めてだった。
レンカはシュタインの反応を見てはあ…とため息をついた。
「私どもは名誉も地位もないしがない薬屋です。大きな災害の中たくさんの人の命を助けたり、貴方みたいな偉い人の命を救ったりしていません。むしろ災害も重症のお偉いさんも欲しいもんですがね。貴方のような高貴な方が私どもを存じているだなんて違和感ありありですから。誰かから聞いたなら話は別ですけどね」
レンカは最後まで言い切り、メイドの入れて行ったアップルティーを口に運んだ。
シュタインは黙り込んでいた。
その様子をレンカは一瞥してまた口を開いた。
「それに、普通は裏町にあるこんな怪しい薬草を売る奇妙な薬屋よりもっといい病院に行くんじゃないですか」
シュタインの体がびくりと動いたのを二人は見逃さなかった。
シュタインは二人から目を逸らし、腕を組んだ。
まずいことに触れたときの癖らしい。
しばらく静寂が部屋を覆ったがシュタインが重い口を開けた。
「その二つの質問に答えるとしよう…一つ目は確かに知り合いから天然荘屋のことを聞いた。しかしそれが誰かは相手から口止めされててね。言うことは出来ない」
「…」
レンカは不服そうに眉をひそめたが仕方あるまいと鼻から息を出した。
「二つ目は…これは本題だ。これは私の秘密…いや、この屋敷の秘密だ…今後誰にも公言しないと約束してくれないかね」
シュタインの目は真っ直ぐと二人を見つめていた。
その迫力にレンカとキクは頷いた。
「それでは…」
シュタインは手を二回叩いた。
その合図と同時に老女のメイドが入ってきた。
そのメイドは二人の前の机に二枚の紙とペンを置いた。
「目を通したまえ」
シュタインの声にキクは書類に目を通した。
書類の内容は秘密を決して公言しないというサインをするものだった。
これほど厳密にされている秘密はなんなんだとキクは何かの境界線を越えるようで怖くなった。
レンカの顔色を窺ったがレンカは普通に書いていた。
それをキクはこの人は恐怖心というものはないのかと不思議そうに見ていたがそれが貴族から大量に払われるだろう大金の為じゃないかと思った。
金にがめつい魔女は肝が据わっている。
とりあえずキクも師匠にならって名前を書いた。
そしてそれを老女のメイドに渡した。
「確認いたしました」
老女のメイドはそれだけ言うとシュタインのところに行って書類を渡した。
「ふむ、確かに」
シュタインは頷いた。
「それでは話そう。誰にも話せない、そして名誉も地位もない裏町の薬屋に頼むしかなかった我々の秘密を…」
キクはごくりと唾をのみ込んだ。
シュタインは立ち上がり、窓の外の景色を遠い目で眺めた。
『天然荘』は未だに拉致をされている…。
<天然荘の薬草百科>
*ローズマリー
ハーブティーの一種。血行を良くするため若返りのハーブと呼ばれています。なお、妊娠中の方は使用を控えなければ時に流産を促すことになります。
*ツユクサ
主に煎じて飲用する薬草です。下痢、解熱効果を伴います。若葉などはおひたしやゴマ油で炒めると食用出来ます。
*ツバキ(椿)
花びらなどを乾かして粉末にしたものを椿油で練ると火傷、止血などに効果的です。疲労回復のためにお酒にして飲むのも良いでしょう。
ということで怠惰の女王篇始まりました!
主にダイエットについての知識を書いていくつもりです。
一般的に知られているだろうマッサージ法など。
そして新たな登場人物も続々押し寄せて来る予定です。
ちまちまと書いていきます。