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天然荘の魔女  作者:
裏町の天然荘篇
2/8

薬売師の男

第二話は主に『若き魔女』と呼ばれているレンカと『疫病神』と呼ばれているキクの普段の日常を執筆しています

そしてレンカの『天然荘』に欠かせない薬草の調達元など…。


気ままに書こうと思っています。

歴史的にはつい最近、厳密に言うと十七年前。

世界は国境という壁を取り壊し、一つにまとまった。

国が無くなったと同時に新しい政治家も生まれ新しい王も生まれた。

世界がまさに一つの国家となった瞬間だった。


あれから十七年間、世界中のあらゆる地理学者を集め首都の設置を試みた。

より温暖であり、海に近く、平地かつ宮殿を建てられるような小高い山がある場所。

見つけた場所は悪くなく、現在は世界の中心地として栄える港町になっている。

表向きは美しく、人種豊かで華やかな首都。

しかし裏では何かの欲にまみれた闇を見せている。

都会という一種の怪物のように。

首都の華やかな通りを何歩か外れると寂しい路地に当たる。

其処は裏町と呼ばれる場所であり、貧民層が住んでいる住宅街である。

かなり入り組んだ道になっており、犯罪者や暴漢なども住み着いている。


そんな裏町の奥にぽつりとお店が建っていた。

茶色い煉瓦がツタに覆われている建物だ。

十七年以上前から生きている人はイギリスの築百年を超える建物に例えるだろう。

そのお店は裏町の唯一の薬屋だった。


名は『天然荘』


自然から採れた薬草をメインに商売をしている。

病院などから貰うサプリメントのご時世にはなかなか珍しい薬屋である。

しかし金の乏しい貧民層の人々にとって安い金で薬となるものを買えることはありがたいことだった。


『天然荘』の主人は二十歳ばかりの娘だった。

医者や薬剤師となる試験を受けていないのにもかかわらず薬草に詳しい娘だ。

娘は『若き魔女』という異名を持っていた。

そして最近その『天然荘』に従業員が増えた。

それは十八の少年で愛想が良く一部の人間から評判だった。

しかし、その漆黒の髪と瞳から『疫病神』と薬屋にとって皮肉なあだ名がひそかにささやかれていた。



「おい、疫病神」


時は正午。

あらゆる香りを逃がすために開け放たれた窓から、よその料理のいい匂いが入って来てキクの鼻を刺激する。

『疫病神』と呼ばれうんざりしながらも椅子に座った男の老人のもとに雑穀茶を運ぶ。


「ソチャデスガドウゾ」


キクはそう言って老人の傍らにある机に雑穀茶を置く。

老人は不思議そうにキクを見た。


「なんだ、その…ソツ?」

「粗茶です。俺の両親の故郷の言葉で”粗末なお茶ですが召し上がってください”ってことです」

「ほう、疫病神の故郷か…見てみたいものだのお」


老人はそう言って白いひげを左手で触りながら緑色の瞳を意地悪そうに動かした。

右手は『天然荘』の主人、レンカに脈を測られて取り込み中である。

老人の答えを聞き、キクはがっくしと肩を落とす

「その疫病神ってのやめてください」

「しかしねえ…その恐ろしい程黒い髪や瞳…見たことないねえ」

「それちょっと気にしてるんです…」


ちょっとじゃないけど…と心の中で付け足す。


「だから疫病神ってやめ…」

「諦めろ、キク」


横からレンカが淡々と口をはさんだ。


「相手は老人だ。体と共に脳も老化しているから何度言っても無駄だ」

「ほお…魔女はおっかないこと言うねえ」


レンカは舌打ちしながら立ち上がり薬品棚に向かう。

キクは少し落ち込みながらも老人のコップに茶を注ぐ。

レンカはしばらくして戻って来た。


「脈は順調だからまだ死なないぞ。残念だったな」

「最近腰が痛いんだが」

「湿布を出しといてやる」


レンカは机の上に木綿を出してすり鉢に材料を混ぜていく。

キクは横からそれを観察する。

キクは一応見習いなので疫病神と言われ気にしてもやるべき仕事はしなければならない。


「その球根みたいのはサトイモですか?」

「私が作る湿布は摩り下ろしたサトイモ、同量の小麦粉と少量の生姜をすり合わせて作る」

「へえー、サトイモが湿布に…」

「昔は格闘技などの打撲に使用されていたらしい」


感心しているキクを見てレンカは少しにやついて言った。


「見た目はこんなんだが体にいろんな薬効をもたらす…キクとは大違いだな」


(こらああああ今言うことではないでしょうううう)


キクは項垂れた。

それを満足そうに横目で見ながらレンカは慣れた手つきで木綿にすり合わせたものをへらで伸ばしていく。


「背中を出せ」

「いや、若い娘に見せるものじゃ…」

「出せ」


老人の背中の服を無理やり捲って腰に二枚くらいの木綿を張り付けた。

老人虐待じゃ!!と言われてもかゆくも痛くもないレンカをみてキクは『魔女』という異名に納得した。


「これでよし。もう具合を悪くして迷惑するんじゃねえぞ、くそじじい」

「またすぐ来ようかの」


老人はそういって笑った。


「おじいちゃーん」


同時に店の扉が開いた。

金色に輝くサラサラとした髪とまつ毛の長い豊かな緑色の瞳をした活発そうな少女が入ってきてキクの心は高鳴った。

入ってきた少女の名はエリス。

近所に住む可愛らしい十六の少女である。


「おお、エリス…!」


老人の先ほどまで意地悪く動いていたエリス似の瞳は優しく輝く。


「帰りが遅いから心配になって見に来ちゃった」

「心配しなくても老化した肉なんて食べませんよ」


横からレンカは恐ろしいことを口にする。

凍りつくキクの隣でレンさん変なのーとエリスはくすくすと無邪気に笑う。


(レンカさんが言うと冗談に聞こえない…。

若い肉が好みなのか…まさか…!)


可哀そうに律儀なキクは恐ろしい想像を始めた。

それを横にエリスは老人に近づく。


「おじいちゃん、お昼出来たから帰ってきてってお母さんが言ってた!」

「おうおう、今日のお昼は何かな?」

「スパゲッティ!!」

「そうか!じゃあこれで帰らせていただくよ」

「レンさん、ありがとね!」


エリスにお礼を言われはいはいとレンカは答える。

さすがに魔女と言われるレンカの毒舌も純粋無垢なエリスには無効のようだ。


「あ、そうだ!」


エリスは老人の手を引きながら言った。


「なんだ、用があるならさっさと言ってくれ」


レンカはうんざりしたように言った。


「うん!あのね、最近ニキビが出来ちゃって」


そういってエリスはおでこを露わにした。

赤いぶつぶつとしたものが現れる。


「ならラベンダーのエッセンスを小瓶に用意しておくから今度取りに来い。今日はもう帰れ」


レンカはしっしっと追い払うしぐさをする。


「うん!レンさんありがとう!またね!」

「あんまり来るなよ」


レンカの言葉に微笑みながらも「キクもまたね!いろんなお話また聞かせてね!」と笑顔で手を振った。

キクの姿を見て逃げるように去る者やレンカだけに挨拶を済ませて小走りに走り去る客ばかりなのに…とキクはこのたびに感激する。


「さ、片づけて飯にするぞ。机の上片づけておけよ。薬瓶は薬瓶棚に、鍋は井戸で洗え。終わるまで昼飯抜きな」


エリスとエリスの祖父が去った後レンカはそれだけいい残し昼飯を作るために奥の部屋に向かって行った。


(後片付けは結局俺の仕事なんだよなあ…。大したもの作らないくせに。いや、しかし居候の分際で食事にわがままを言ってはいけない…。)


律儀にそう考えながら律儀に体も動く。

薬瓶を棚に順番良く並べた後、外の井戸で水を汲み木でできた樽の中で薬品にまみれた鍋の底をこする。

良くこすらなければ次に鍋を使うときに支障をきたす為レンカに罵られるからだ。


(レンカさん、なんか人使い荒いんだよなあ…。)


(魔女と言われるのも納得だ。いや、案外ほんとに。)


そう考えながら近所の家から流れてくる食事のいい香りに鼻をひくつかせた。

洗い物に集中できなくなるため他人よりも鼻がいい自分をたまに呪いたくなる。


(こんどから鼻に洗濯バサミでも挟もうかな。)


休んでいた手をキクはまた動かそうと構えた。


(ん…このにおいは…パスタ?ミートパスタ?)


また余計なことを考える。


(ええい!集中し…ん?これは…)


嗅ぎ覚えのある香りにまた作業は中断になった。

そしてキクは立ち上がりその香りする方向をじっと見た。

香りはどんどん強くなる。

するとその方向から古びた茶色いロングコートを身に着けたでかい旅行鞄を下げたいる男が出てきた。

見た目は四十代ほどである。

男は少し白髪のまざった茶色い髪を掻きながらこっちに向かってくる。

そしてその濃い青色の瞳はキクをとらえると親しげに微笑んで言った。


「キクうううう!外でなにしてんだよお!」

「アレンさん!やっぱりアレンさんだ!」


キクはうれしそうに声を上げる。


「久しぶりだなあ!一か月ぶりかな?相変わらず『若き魔女』にこき使われてるなあ!!」

「まあ…」


キクは苦笑いをした。

と同時に店の扉が開く。


「おい、バカ弟子!!いつまで洗い物してんだよ!!…」


レンカは出てくるなり罵声をキクに浴びせかけるがアレンを見て動きが止まる。


「よお、魔女さん。俺に会いたくて仕方なかったか?」


アレンはいたずらそうに短い髭を撫でた。


「…お前、死んでなかったのか」

「…死んでねえよ」


相変わらずの二人だな…とキクはまた苦笑いをした。





「で、一か月も何してたんだ」


机の上に白米のお椀二つと卵のスープ二つにピリ辛ドレッシングがかけられたレタスの皿二つを片付いた机にレンカは並べながら言った。

その様子を椅子に座ってアレンは眺めた。


「…俺の分は?」

「あるはずねえだろ。お前のせいでこの一か月薬草の収入先を探すためにどんなに頑張っていたか…インチキ情報屋に金まで払って…」


レンカは冷たい声をアレンに浴びせかける。

そんなことしてたんだ…とキクは箸を並べながら会話を聞いていた。


「いやあ…こっちはどうしても手に入れたい薬品があってさあ」

「お前…白髪増えたな」

「それは関係ないだろお!!」


アレンは気にしているらしくそう言って両手で髪の毛を隠した。

アレンは普段様々な薬品などを取り扱っている仕事をしている。

いわゆる『薬売師』という商売だ。

薬品を素人が売るのは違法だが、アレンは薬品に詳しい。

しかし『薬売師』という職は医学の発達により薬品は病院側が持っているのが普通であり、今はもう自然消滅をしている。

おそらく『薬売師』をやっているのは世界中ではいたとしてもかなり少ない貴重な存在だが…。


「で、一か月もほっつき歩いて…いいもん手に入れたんだろうなあ?」


レンカはその貴重な存在を足で蹴った。

『天然荘』は街中にある薬草を取り扱う店であり近くに豊かな自然がないため『薬売師』が唯一の助けだった。

それが一か月も…流石にレンカもはらはらしていたのだろう。

物騒な空気にアレンは「もちろん!!」と急いで旅行鞄をあさる。

はたから見ると若い娘に離れてほしくなささに貢ぐ男のように見えるのは気のせいだろうか…とキクは思った。


「よし、見せてみろ」

「ほら、これこれ」


アレンは目を輝かせて取り出したのは液体の瓶だった。

その薄いオレンジ色の液体を見てレンカはほおっと感心したしぐさをする。


「イランイラン…か」

「さすが魔女、価値がわかるでしょ?」


アレンは得意げに言った。

キクは不思議そうに十ミリリットルはある薄いオレンジ色の液体を覗き込んだ。


「…イランイラン…?」

「イランイランは甘い濃厚な香りがする花の精油だ。主にリラックス、催淫の作用をもたらす」

「催…!?」


キクはレンカの説明に固まった。


「ははは、キクもお年頃だなあ」


アレンはにやにやとキクを眺めた。


「花街でも連れてってやろうか?」

「けけけけ結構です!」


(俺には心に決めた人が…!)


とキクは一生懸命断った。

それでもアレンのにやけ顔は止まらない。


「他に生理痛や更年期の温和など女性特有の乱れに効く。ところで何処で手に入れられたんだこんな高級品」


レンカは疑うようにアレンを見た。


「いやあ、南からの船がちょうど港に一か月漂泊していると小耳に挟んだものでね。そこのクルー(船員)の一人を捕まえて一か月粘った結果がこれよ。最初は五ミリリットルだったけどあんまりに必死だったから十五ミリも貰っちゃった!」


と言ってアレンは五ミリリットルの瓶を旅行鞄から出した。


「一か月も粘ったのか。暇だな」

「いや、商売してたんだよ」


レンカの下げずんだ目を見てアレンは嫌そうな顔をした。


「それにしてもいいものが手に入ったな」

「だろお!努力は報われるってやつよお!これを闇市にたまに訪れる金持ちに売ったら相当な額になるさあ!」


さすが裏町の住民らしく金に物事を結び付けている。


「え、売っちゃうんですか!?」


キクは驚いた声を出した。


「あたりまえだろ」


アレンは当然!というように力強くうなずく。


「ええ、せっかく手に入れてしかも高級な物なら自分で使わないんですか?」

「金に余裕があるような発言するなあ。あれか、町育ちだからか?」


アレンに町育ちといわれてぐっとキクは言葉詰まる。

キクはなるべく昔のことを思い出したくなかった。


「お前、売るつもりなのか?」


レンカの声にアレンは不機嫌になる。


「お前別に町育ちじゃねえだろ」

「やはり…売るのか…」

「…」


レンカの言葉の調子にアレンは嫌な予感しかしなかった。

レンカは奥の部屋に入っていきまた戻ってくる。

そしてアレンの目の前の机に札を叩き付けた。


「五十ペンシーでどうだ」

「おま…!!」


アレンは口をパクパクとする。


「それ、何ミリリットルで考えてんだ」

「もちろん十ミリリットルだよ」

「本気で言ってんのか!?原価の半額じゃねえか!!」

「貧民層にとって五十ペンシーはかなりの値だぞ」

「話にならん!!」


アレンはがたんと音を立てて立ち上がった。

しかしレンカはその手をがっしり掴んでアレンの耳元でささやく。


「一か月何も知らせずに消えてたのはどこのどいつだ…?」

「…」

「お前が居なくなって一か月、天然荘はどんなだったと思う?」

「…」

「男らしく、責任を取るべきなのは誰だ?」

「…」

「そういえば昔、お前は私に…」

「わあああああった!わかったよ!!!」


アレンはイランイランの十ミリリットル瓶を机に置いて五十ペンシーをわしづかみにする。


「もってけドロボー!!!」


そういってアレンは勢いよく店の扉を閉めた。


(アレンさん…泣いてたな…)


キクは扉に向かって何故か合掌した。

その横でレンカは嬉々とした様子でイランイランの薬瓶を棚に仕舞った。


そんな『天然荘』は今日も営業中である。




 <天然荘の薬草百科>

*サツマイモ湿布

擦ったサツマイモ、同量の小麦粉や少なめの生姜をすり合わせて木綿に塗ることで腰痛、打撲や骨折を和らげます。武術関係者の間では江戸時代より盛んに用いられたといわれています。


*ラベンダー 精油

アロマとしても名声高いラベンダーの原液(精油)は火傷やニキビなどに塗るといいとされており、フランスの地方では薬として一家に一つ置いてあるそうです。(ここでは香薬として出してます)


*イランイラン 精油

シャネルなどブランドの香水にも良く使われるイランイランの香りは濃厚で甘い香りが性的感情を高くするとか。ストレスが溜まった時や生理痛などの女性特有の悩みに効果があります。また、皮脂の分泌作用を抑えるため肌や髪にも使えます。


ついでにもうお分かりかもしれませんがキクの両親の故郷は日本です。

彼の出生表町とありますがもう少し話を続けたところで過去を明かそうと思います。

ついでに彼の心に決めた人とはエリスのことです。


後、ペンシーは世界共通の硬貨で一ペンシー二十三円です。



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