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4.魔女は古き時代の産物ではない

少しひんやりとしたオフィスの空気が自分の肌をぴりり、と刺した。現場でぼんやりとしていた頭が少し冴えてくる。PCをつければもう先ほどの身元は割れていたらしく、データが一通り送られてきていた。そのままオフィスの椅子に腰を降ろし、PCの画面をじっと見つめる。


「被害者はウイリアム・ブラント。無職。20…才。母はマルガリータ・ブラント、父はジョン・ブラント。家族は父親、母親、祖母、妹。10日前から姿がなく、父親が不明届を出す。犯罪・補導歴・結婚歴なし。クリーンクリーンクリーン。まあ遺産級じゃない。結婚の低年齢化が進んでいるというこの昨今で」

「ルナもそうじゃない」


プシュ、と戸が開く音がして何言ってんの、とあきれ顔のヴィオがコーヒーマグを片手に姿を現した。むっとして彼を力一杯睨みつけてやる。


「ホント私の周りの男って余計な事口にするのがお好きなのね。ちなみに私は武道、体術も心得ているから。能力と同じくらい人一人ふっ飛ばす位は出来るの」


軽く殺意も込めてやると、ヴィオはそれを聞いた途端げ、と声をあげ、その次に青い顔でごめん、悪かったと謝ってきた。デスクを挟んだ向かいの席に足を組んで座っているカインはしれっとした顔をしていたがその心内は読まずとも分かるようなものだった。仕方がない。許してやろう。こほ、とわざとらしく咳をしてカインがゆっくりと口を開く。


「…おかしくないのか」

「…何故家族が、ではなく、父親が不明届を出してきたのか」

「そうだ。普通なら家族だろう。人間的にいえば」

「そうね。家族はどうでも良かったのか、別の理由があったのか…」

「家族に話を聞く必要がありそうだな」


頷いてまたPCのデータを見つめなおす。データ上では普通の人間。普通の家族構成。普通の学校普通の人生。でも、何かある。何かあるから、彼は焼かれたのだ。生きながらして火あぶりということなど、何もない人間ならばやられる事ではない。そして最後、彼は煙の中で人影を見る。人影が言ったあの言葉。


(痛みを知れ、か…)


ふと思い出して、窓辺のソファに座りコーヒーに口をつけているヴィオを見つめる。現場から帰ってきてから彼は顔色が悪い。窓際に立ち、白んだ右手はマグを掴んで何か考えにふけっているようだった。声をかけていいものかどうか迷ったが、結局かける事にする。


「ヴィオ」

「……ルナ」


振り向いたヴィオが亡霊を見た様な声で自分の名前を呼んだ。傍に近づいた自分を、じっとその灰青色の瞳で見上げる。


「貴方、何を知ってるの? さっきも言ってた。あれは魔女の処刑方法だって…」


しばらくの沈黙の後、ヴィオは重たくなった唇をこじ開ける様にゆっくりと開いた。


「……魔女狩りは暗黒の古世紀の産物だという俗説があるけれど」


右手で持っていたマグをそのままそっとデスクに置き、ヴィオがチェアの肘に両腕を乗せた。ぼんやりとした口調は変わる事がなく、まるで夢を見ているかのように虚ろな瞳が遠くの方を見つめる。


「確かに魔女狩りは古世紀末期からはじまり、啓蒙主義の時代が顔を出した頃にはもう終わりを告げた。魔女狩りが猖獗(しょうけつ)を極めたのは地球の重力が発見され、太陽中心説が提示され、天体の軌跡が円ではなく楕円状である事を、惑星と太陽の軌道は直線状であることを科学者たちが提示した時代―科学の革命の時代でもあったんだ。それにもかかわらず、『狂気』は確実に存在した…あれを見た時、歴史を繰り返す者がまた出てきたのかと、思った。何故…」

「ヴィオ」


答えるように彼は軽くかぶりを振って、それからまたルナを見上げた。その瞳にはいつもの輝きが戻っている。大丈夫だろうか。言うより早くこちらの思いを酌んだかのようにヴィオが口を開く。


「大丈夫だよ。今回の事件が魔女に関係するとすれば何かしら知識もある俺が役に立つと思う。古き時代に意識を囚われたりはしない」

「…なら、いいけれど」

「心配してくれた?」


いつのまにやらちゃっかりこちらの手を取って、唇を近づけた状態で上目づかいに見上げてくる。


「なら悪くなかったな」


手の甲にそっと唇が押しつけられるーと思った時、そっと囚われていた手が急に解放された。


「手癖が悪いガキだな」


紫電の瞳がギラリと笑うヴィオの方を睨みつけていた。あは、と純粋な子供の様な笑顔を向けられ、あっけにとられる。この人は―半人だけど―いつも無邪気に笑う。どんな時も。殺す時でさえ、彼はこんな純粋な笑顔を見せるのだろう。少しそれが怖くもある。だがその笑顔に少なからず救われている自分がいた。気になっている自分が。それは彼の血を入れたせいだと分かっている。彼の思惑通りに、自分はもはや彼に寄りかかりかけている。そしてその事にカインはもう気が付いている。カインは優しいから敢えて聞かないでいてくれるのだ。自分はその優しさにも甘え、カインの気持ちにもに甘え、結果彼を傷つけている。それでも彼は裏切らないと知っているから。

ズルイ女だ。まったくもって。吐き気がしそうなほど呆れる。顔に出さないよう努めて、溜めていた息を一緒に吐き出すように二人に声をかけた。


「とりあえずはブラントの家族に事情を聴きにいきましょう。それが最初だわ」




猖獗(しょうけつ)…好ましくない物が盛んである事

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