44.鳴り響く、悪夢
「どういう事だよ」
斜め後ろに居たヴィオが冷や汗を流しながら睨みをきかせて静かに問いかけた。手元には彼の大柄の美しい銀色の銃を抱えたままだ。
「何故、今炎で死んだ男が大罪のパヒュームの持ち主だと知っている…」
そう問いかけられた彼―ルナがアルヴィンと呼んだ男は、面白そうに頭を左右に揺らした後、言葉を滑らせる様にそっと唇を開いた。
「冷静な半魔女ハンターに免じて、正直に答えてあげよう。何故彼が―大罪のパヒュームを持っている事を知っていたのか。それは、俺自身もそのパヒュームの持ち主だからさ。その最期を見届けようと、用事ついでに来てやったのさ。仲間とともにね」
「貴方…も…!?」
アルヴィンが優しく微笑んでルナを見つめる。
「……そう、俺は七つの大罪のうちの一人、全てを―世界の全てを喰らい尽くす暴食gula。皆大食いの意味合いを良く思い浮かべるけど、gulaは何も食べ物だけには限らない。その欲した人間、欲した理、欲した物質、何もかもを喰らうんだ」
そう言って彼は右手の人差指を口元に指し、ぐあ、と口を開けて食べる仕草をしてみせた。
「…仲間も居ると言っていたな」
「ああ、その事? 実を言うとね、仲間が欲しがっていたのが君なんだよカイン=ノアール。君が良く知っている、血の約束を交わした人間だ」
その途端、カインの表情に大きな動揺が走った。その表情は酷く青ざめている。
「どういう……こと」
必死になりながらルナは震える唇を開く。何か嫌な予感がした。アルヴィンがニコニコと幼子を見守る様な笑顔を向けた。その笑顔が外面は良いのにとても冷たい。
「おや、カイン。君はル―ナと―ルナと一緒に居られると勘違いしていたの? 愚かしい、馬鹿げている、このルーナに近寄る底辺以上のゴミが! お前自身がルナに一番残酷な存在だと言うのにね。ル―ナ。よく考え。どうしてiraが―ジョンが異端審問官の末裔なんて狙えたと思う。いくら魔術に富んだ彼だって、もう情報のない情報を知れるかい。仲間の差し金さ。そして仲間はカインを欲しがっていた。仲間はずっと彼を探していたから」
「…なか…ま…」
「どうして君の飼い犬が消えるまでになった攻撃を受けたか。仲間は精神体になり、意識を飛ばして攻撃をする事が得意だから。どうして魔女殺しに加担したのか。仲間は―根本的に魔女が嫌いだから。
我ら、七つの大罪はそのパヒュームを手にした瞬間から、その大罪を成す為に己の全てを駆ける。その為に手を貸しただけだよ。僕はルーナ…君を手に入れる為に、そして、彼女は己の主を手に入れる為に」
「言うな!! 彼女をこれ以上傷つけるな!!」
その場にいたヴィオが同じくらいに青ざめた表情を浮かべて叫んでいた。カインが受け止めきれぬ現実から目をそらすかのように俯いている。その顔が、景色がぼやけてくる。だが無情にも現実はその音によって乱された。
カツーン。
その場にいた全員が、再び音のした方向に視線を向けた。イヤだ。嫌だ嫌だまさか、そんな―
長い黒髪が、さらりと風になびいた。白い肌が夜の月灯りの元に、背後の木々が護る様にそびえたつ。
「そんな…」
そんな馬鹿な事があってたまるか。
実際は起こり得るのだ。まるで堂々巡りの様に、グルグル、グルグルと―
「アンナ=ロッサ。七つの大罪のパヒュームの持ち主の一人、嫉妬のinvidia」
冷たい眼差しが、一心にこちらを見つめていた。