43.終幕の鐘は悲劇の幕開け
全てが燃えた後に、ただ茫然とする自分が居た。目の前にはぐずぐずと焼け落ちた人間の身体がある。全てを終えた時のあの脱力感とは違う身体から全てを持っていかれた感じ。カインが傍に立ち、ルナの腕を抱えてそのまま立ち上がる。今の光景に多少興奮しているのだろうか、カインの身体からいつもより体温が高めに感じられた。それだけが感覚として伝わってくる。包まれた身体が知らず震えていたのに気がついた。
「……私、は」
「考えるな。もう何も考えるんじゃない」
震える身体を自覚しながら、うつろな視覚を何とか確保しようと脳が必死に動いている。どうして、どうして。ルナがうろたえていたその時だった。
ギャアアアアアア!!!
引きつれた叫び声が一体に響き渡り、その場にいた皆の全員の耳をつんざいた。
「!!!」
思わず全員がその方向に一斉に向くと、地面に膝をついたマルガリータが頭を抱え、その黄金色の髪を振り乱して叫んでいる。驚いてかけよる自分の声もどうやら届いていない。苦しそうに顔を歪め、振り乱す事を止めない。
「マルガリータ! しっかりして!」
ヴィオが傍らに立ちその様子に立ちその様子をじっと見た後、青ざめた表情でルナ! と絞り取る様な声を上げた。
「彼女はもう駄目だ!!」
その言葉にカッとなって思わず彼に反論する。
「何で!」
「…ジョン=ブラントの魔術が効いている…彼が死んだ瞬間に…俺でも消せない…命を代償とした術は誰にも消せないんだ……!」
消え入るような声、その声は絶望に満ちていた。それは、つまり―
「術者が消えた瞬間にかかる、と言う訳か。その命を使ってまで彼女を殺したかったのか」
カインが冷静にそう言って、未だ叫び声を上げ続けるマルガリータを見やった。その表情には少し哀しげな火が灯っている。そして押し黙ったままそちらに向き直ると、懐から拳銃を取り出しゆっくりと彼女に向かって歩き出す。
「何をする気?」
カインがゆっくりとこちらに視線を向けた。
「…せめてもの情けだろう。魔術で苦しんで死ぬくらいなら、潔く殺した方がマシだ」
「っ…! そんな事したら、カインが」
罪がまた増えてしまう。そう言いかけて、口をつぐむ。自分自身があまり言いたくない言葉だった。察する様にカインがこちらを見て静かに微笑む。
「…それこそ、だろう。俺の罪状などいくら増えても今更だ。ルナが被るよりは、俺の方がまだいい」
「駄目! それこそ駄目よ!!」
それこそ反射の様に声を張り上げたルナは、跳ね上がる様に立ちあがってカインの腕を掴んで引きとめる。カインが困った様な声を上げた。
「ルナ」
「…私がやる」
「ルナ」
諭すように語り掛ける声を無視して、腰に下げていた拳銃を取り出し、セーフティを解除する。そのまま銃を持ち上げようとしたら、その手ごと銃を押さえつけられる。
「離して」
「お前にやらせるつもりなど毛頭ない」
眉根を寄せて険しい表情を向けるカインがこちらを見つめる。それを睨み付ける様に見返して二人の間に見えない火花が散った、その時だった。
ダアアアン!!
鼓膜を引き裂くがのごとく、その場に一つの銃声が鳴り響いた。ハッとして手元を見る。己の拳銃は熱を持っていない。火を放っていない、と言う事はアレは―
「…お前の悪い所は、その優しさだねル-ナ。やるなら潔く、素早く。そう教えた筈だけど」
とろりとした甘い蜜の様な滑らかな声が聞こえた。
コツ、コツ。
頭蓋を穿たれた黄金色の髪の毛が赤く染まって、その影の傍らに倒れている。それを超えて、靴音を響かせてやってくる。細面の顔に、スモーキーアッシュの癖のあるショートカット。その瞳が蒼く光れば、じいっとこちらを見つめた。その姿を自分は良く知っていた。記憶の奥底からずるりと這い出てくるその記憶が酷くおぞましい。忘れかけていた、その記憶を。唇がカタカタと震え始める。
「…忘れたの? そんな訳ないよね、ルーナ」
細い唇がゆっくりと持ち上がった。まるで、西洋人形の様な面立ち。
「ルーナ。俺の所においで。もう事件は終わった。iraは憎悪を現実にして死んだ。そして俺の所では君に任せたい事件がある」
「…アルヴィン」
地獄の底から響いてくるような呻き声を上げながら、ルナはやっとの事でその名前を呟いたのだった。