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40.結末? これが始まりだというのに?

3人も乗っている筈なのに、車の中には唯沈黙だけが反響していた。その中に車のかき鳴らす静かな騒音が響く。車を運転しながら脇のPCをちらりと見てルナは焦燥に何度目かになるため息を零した。そして強く強く願っていた。


「…間に合って!どうか…」


祈りの様に呟いた言葉を隣に座っていたカインがああ、と低い滑らかな声で持って拾って答えてくれた。


「…俺だって少し考えなければ分からなかった。調べたのはルナだ。嗚呼、二人狂いは読みの途中気が付いて消されたんだな。この世界にもうない事実を彼らは知ったから、だから」

「……もう言わないで」


うなされる様に頭を振り、ルナがそれを拒絶する。本当はいけないと分かっていながら、今だけは前に集中していたかった。自分がもっと早くに気が付いていれば、彼は消えずにすんだかもなんて、それこそ今さらだ。何だかんだで負い目を感じているのだ。トロアからドゥを奪ったのは自分だ…思い出して唇を噛みしめる。すると後ろでポケットPCを見つめていたヴィオが突然跳ねた様な声を上げた。


「ルナ! 連絡来た! やっぱりもう母親は手遅れだった。夜中にベッドの中で血を吐いて死んでたらしい。なにかしらの魔法陣と、狼男が何かの香水みたいな匂いを感じたって」

「そう…ありがとう…」


ハンドルを切り、カーブを曲がる。切ない様な、物悲しい感情が自分の中を占めていた。


「…一人はただ焦がれ、手に入れようとしていた。その方法は非道であったにせよ、咎を受ける物であったにせよ、復讐というもので終わらせてはいけない…いけないのよ…」


もっと早くに気が付いてくれればよかったのに。その手を朱に染めて染めて染みがこびり付き取れなくなってしまうと、人はその匂いに狂わされ、愚かさに気がつかなくなってしまうのだ…


(…現に、この自分の手も真っ赤なのだ…)


気がつかせてあげたかった、せめて。人間とは斯様にも悲しい生き物だというのか。

感情に振りまわされ、弄ばれ、その意識はここまで人を駆り立てるのか。


「…止める。今度こそ、止める」


その意思を強く口にして、視界をわずかにずらしたその瞬間、反対車線からの黒塗りの車のライトの眩しさに目を細めた。それはスローモーションの様に互いの車がすれ違った時だった。その乗用車の運転手がわすかにこちらを見た。そして、その口元にわずかな笑みを浮かべた。ルナの瞳が驚愕に大きく見開かれる。


(……!)


一瞬の出来事だった。それでもハンドルを握る手が震えているのに気がつく。動揺が隠せていない。必死に腕に力を込め、言う事を聞かせようとする。今はそれどころではないのだ。


(…それどころじゃない)


頭に過る先程の映像を振り切って、今度こそアクセルを力一杯踏み込んだ。










彼女が目を覚ますと、何故か自分の身体が木に縛り付けられているのが分かった。何故?! 訳も分からない現状に途端に頭がパニックを起こした。なんで?! なんでなんで?! 逃れたくて必死に身体を動かした。だが腕を持ち上げようとするたびに縛り付けている縄がぎしぎしと手首に喰い込んでくる。なんで、誰か、助けてー


「気がついたかい、マルガリータ」


耳に馴染んだ声が彼女に聞こえた。パラ、とページを繰る音が聞こえ、そしてパタン、と質量のある音が響いたと思うとこちらをあの瞳が見つめてきていた。彼女は酷く驚いた後、乾燥に張り付いた喉を必死に動かして声を出す。


「どう…して」


声にならない声で、必死に叫ぶ。酸素を取り入れた瞬間、鼻腔に草木の香りが飛び込んで来た。ここは…森? 視線を巡らせば少し先に教会の様な物が見えた。そうしていると下の方で呆れた様なため息が零れた音がする。思わずその先を見た。


「どうして……ジョン!」

「……どうして?」


途端、伏せられていた瞳の奥から酷く冷酷な視線がこちらを仰ぎ見た。その冷たさに思わずひっ、と喉から引きつった様な音が出る。彼はージョンはそのままコツリ、と音を立てて一歩踏み出すと、再びその視線でこちらを見上げた。


「私がずっと君に惚れていたとでも思っていたの。だから結婚したとでも?」

「どう…いう」

「惚けるな」


ジョンが足元にある木の枝を踏んだらしく、パキリと音が響く。


「私の心はずっとあの人の物だよ。神に祝福された者、あの人だけだ」

「……あの…こ」

「やっと口にした。少しでも後悔はあるのかな? マルガリータ、君が15年前にしでかした事、忘れたなんて言わせない。あの人に根も葉もない事を吹き込んで、あの人を自殺に追いやったその事実を」


パキリ。また枝を踏みしだく音。冷酷な視線が喉元を締め上げてくる。震える声しか出ない。


「…な…貴方と別れてくれるだけで良かった…自殺するなんて思ってなかった!」

「…そんな理由か。やはり愚かな。何かしらの懺悔でも吐いてくれるものと思ったが、杞憂に終わった様だ。もういい、今更何を聞いたって遅い」


そう言って傍らにあった松明を一本取りあげる。まだそこに燃え盛っている炎を見て、自分に迫りくる状態を即座に理解した。この人は―長年連れ添って、愛していたと思っていた人が、その火で私を火あぶりにしようとしている。ショックと悲しみに涙があふれ出す。視界がぶれ、涙が頬をぐしゃぐしゃに汚す。嗚咽が咆哮になって飛び出した。


「信じてたのに! ずっと、愛してたのに! 違うっていうの、積み重ねた年月も嘘だって言うの! 助けて! 助けてジョン! 許して…」

「…同じ事を、あの人も言っていた。信じていた、愛していたのに、どうして、と。分かったか、これであの人の苦しみが。悲しみが」


そしてジョンの持つ松明がマルガリータを縛り付けている木の下に敷かれた薪に近付くー


「そこまでよ、ジョン=ブラント。……この連続殺人事件の犯人さん」


闇を切り裂く様に真っ直ぐな女の声がワアアン、と鼓膜に響き渡った。その声にぴくり、と眉を動かしたと思うと、次の瞬間に彼の横にヴィオが立ち、ジョンが振り向く間も与えずにその手から松明をもぎ取った。


「くっ…!」

「チェックメイトだよ、おっさん」


ジョンの顔を意地悪い笑みで見つめながらヴィオが言い放つ。カインがルナの後ろに立ち、静かにジョンを見つめていた。しかしそのような劣勢の立場に追い込まれながらもジョンの瞳は決してその冷静さを欠いてはいない事に気づく。その瞳がすう、と持ち上がると、次の瞬間にはその顔に氷の様な笑みが張り付いていた。


「…自分的には遅すぎだ、と嘲笑わらいたいところだ、かわいらしいお嬢さん。あらゆる所にヒントは転がっていたのだ。それを見落としていたお嬢さん、この私を見つけたのは称賛に値するが、その時点ではお嬢さん、君の敗北だ」

「…それが数多の人間を殺した者の懺悔か。さもしいな、愚かはどちらだと言うのだ、魔術師」


カインが紫電の瞳に赤を混じらせて低く唸る。案の定、そんな脅しも目の前の彼には通用しないようだ。冷静な眼差しがこちらに向けられたまま、その薄い唇が弓状につり上がる。


「愚か、か。おおよそ人間らしいヴァンパイアの意見だ。しかしね、紫電の瞳のヴァンパイア、その言葉はもはや私にとっては称賛なんだよ。私はもう」


そこで区切ったジョンは大きく息を吸うと、意志の強い眼差しでこちらを睨みつけた。



「神に反逆した―異端者なのだから」







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