39.この思いだけは、私だけの罪だ。
彼女は神に祝福された女性だった。
そんな女性に廻り合せてくれた神に最初は深く感謝した。この自分には勿体ない位の女性。どうしようもなく愚かな自分をとても愛してくれる彼女は、私にとって癒しだった。かけがえだった。離したくはなかった。
そんな自分から、ある日神は彼女を奪った。
もともとそんなに身体が丈夫ではなかった彼女はその日何度目かの入院をしていた。見舞いに行った自分が見たのは、空っぽの彼女のベッドだった。
探して探して、見つけたのはその屋上。柵に手を掛けた彼女は哀しげにこちらを見つめてきた。
『貴方、彼女と寝たのね』
『信じてたのに』
『愛してたのに』
『許さない。許さない。でもただでは離さない。……てやるの』
『サヨウナラ』
呼びとめる間もなく、彼女の体は宙に舞った。そのか弱気身がどうしてそんな気を持っていたのかと思う程だった。その光景は今もこの網膜からこびり付いては消えてくれない。病院の地面に落ちた彼女からは大量の血がこぼれ、それはまるで花のように彼女を朱に染め上げていた。その瞬間から自分の時は止まってしまったのだった。
彼女と寝た? 馬鹿な、そんな事あるはずがない。自分には君しか見えていなかったというのに、どうしてそんな事があろう。どこからそんな噂が。思い出して、そんな事をしでかす輩に心当たりがあった。
―彼女。
あの子が吹き込んだのか。
許さない。許さない許さない。許さない許さない。
外面の良い振りをしてあの人に近付いて、別れさせようとした?この自分と、あの人との関係を引き裂こうとしたのか。
―許さない。
それでも、ただ殺す事はしないでおこう。それ相応な、盛大な復讐劇を考えてやる。あの人に捧げる為の盛大な悲劇を、喜劇を。そして自分の長い長い年月が始まったのだった。じりじりと追い詰めてやろう。その犯人が自分と分からぬ様に、じりじりと。
それを殺し、それをもって私は神に対して怒りその贄を押しつけよう。それが私の罪ならば甘んじて受けよう。この大罪は私の物だ。
―この思いだけは、私だけの罪だ。