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31.叱咤を喰らっても喰らいついて這い上がるのが私よ

オフィスにもどったルナを見て、一目でその異変に気が付いたカインは訝しげな目で彼女を見つめ、何があった? と聞いたが、彼女は何でもないわ、と儚く微笑んで傍のソファに腰掛け、PCをいじり始めた。その様子をヴィオも黙って見つめていたが、やがて何事も無かった様にルナに問いかける事にした。


「休憩する?なんか飲みモノ持ってくるよ」

「ん、でも飲み物だけにする。コーヒー頂戴」

「了解」


そう言ってヴィオが奥の方へと消えていくと、ルナはPCをいじりながら電話をかけ始めた。やがてかかったのか誰かの声が小さく聞こえ、ルナが少し苦笑交じりに口を開く。


「ハイ、アンナ。今日はお願いがあって電話をしたのだけれど、お話しても良いかしら」

『OKよ、それで何をお願いしたいの?』


ルナは一旦言葉を切って時間を置き、ややあってゆっくりと口を開く。


「この魔女の事件で唯一殺された女性。オンディーヌの遺体を見て欲しいの。私が視た時には…視れなかった。私の数少ない経験からそれは魔術を掛けられていると察したのだけれど、私はそういうのは視れない。それで呪医を探してもらったのだけど、ダメだったわ。ベナンダンディはそういう事もしていたのでしょう?」


おそるおそる言うと、彼女は一瞬だけ電話越しに息を呑み、そして静かにそうよ、と頷いた。


『でも、私は生きている人間にしかそのような事はした事がないわ。それでもいいのなら』

「いいわ、可能性を見たい。可能性があるなら少しでも試したい。で、早ければ早い方がいい。いつ来れる?」

『いつでもいいわ。そうね…明日午後13:00でお願いできる?』

「OK。手続きしておくから、時間通りによろしくお願いね」

『分かったわ』


ブツリと電話を切り、携帯を仕舞って顔を上げるとPCの資料を探して貰っていたカインが酷く驚いた様な顔をこちらに向けていた。


「…アンナを呪医の代わりに使うのか」

「…そうよ。本人の了承を得た、明日カタコンベで視てもらう」

「…安全の保証はあるんだろうな。一般人だぞ」

「危ない事はさせないわ。……随分と肩を持つのね」


片眉を上げて訝しげな眼差しでそちらを見やれば、カインはぐ、と言葉に詰まったような表情を浮かべた。それに反応したように、ヴィオが皮肉を含めた口調でカインを煽る。


「惚れたハレたは無いにしても…ねぇ?」

「深読みしすぎだ。ルナの信頼を失墜させる様な事があってはならないだろう」

「言い訳がましい」

「…くそが、その口きけぬ様にしてやろうか」

「やるのかよ。こっちはいつだってお前を殺したくて仕方ないから丁度いいよ!」


そう言うが早く、次の瞬間に二人は互いの首元にそれぞれの凶器を突き付けた緊張態勢で睨みあっていた。ルナは思わず引きつった悲鳴を上げたが既にこちらの声が届かない所にまで来ていたようで、二人は無論聞く耳も持ってはいない。かちり、とヴィオが短刀を構え直し、カインがその右手の爪を尖らせて突き出し―


『双方、それまで』


氷の様にその場に冷たく鋭く響いた声に、3人共一瞬で固まった。

ややあってルナがゆっくりと声のした方向―PCの画面に目をやると、ざらついた粒子の画面越しに自身のオフィスの机に肘をつき、凍てついた眼差しをこちらに静かに向けているオギの姿があった。画面越しに伝わるその眼差しの強さは、異種にでもわかるのらしいと知って余計に寒気がした。彼は人間なのに。やがてはあ…と呆れた深いため息が電子音を介して伝えられると、オギはゆっくりと声を発した。


『見苦しい、と一言に尽きるな。男の言い争い程見苦しいものはない。カイン、お前は己の立場を分かっている、そうだな。そしてヴィオ、君は言わせればただの衛兵だ。それを考えればカインと立場はさしも変わりない。それなのに何故争っている?』


「ぐっ…」

「だってアイツ!」

『黙れ』


その声と共にきいん、という反響音が耳元をつんざき、オギの凍りついた眼差しが二人を射抜く。すっかり言葉を失くし固まった二人に、オギは変わらない口調でもう一度だけ告げた。


『これ以上見苦しい醜態を晒すなら、二人揃って牢獄に閉じ込めるぞ』


お前たちの代わりなぞいくらでも代えが効くからな。その言葉に完全に言葉を失くしたカインはそのまま跪き、呻くように唇の間から言葉を零した。ヴィオはその場に立ち尽くて悔しそうに不貞腐れた。


「分かった…納める、納めるからそれだけはやめてくれ、オギ」

「右に同じだよ。…傭兵は黙って従う」


二人の言葉を聞き届けたオギはよろしい、と頷き、とんとん、と傍らのデスクを人差し指で叩いて言った。


『では相応の結果を見せろ。それが出来ぬようなら即座にお前たちは首だ。それとルナ、君もだ。うだうだと君の周りを屍だらけにする為に私は君を送り込んでいる訳じゃない』

「貴方の前により良い貢物を献上する為に忙しなく動いているつもりではありますが、それが屍とは一言も申し上げていませんオギ。より一級品をやがて差し上げますから、もうしばらくお待ちいただけます?」

『…相変わらず口だけは達者だな、ルナ。それは君の変わらない良い所だが。まあいい、それでその一級品とやらは目途が付きそうなのか』

「確証はありませんが、おそらくは」

『早めに確定させておきなさい。では』


プツリと無情に電話が切れた途端、その場に三つの長いため息が零れたのは言うまでもなく。最初にその空気から抜けだしたのは、他ならぬルナだった。何事もなかったかのように両手を肩まで持ち上げ首をすくめた。


「さ、オジサマのこわーいお説教を喰らった所で仕事を再開しましょ。私は明日アンナと地下のカタコンベに行く。カインとヴィオは明日は私が帰ってくるまでお留守番。それで解決。簡単な事なのよ」


「ほんとすげっえな…」

「…もう言うな」


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