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29.殺す為に

私の存在を、まだ誰も知らない。

魔女が何故嬰児を喰らったと言われているのか。それは嬰児の中にある「生命力」に期待した為だ。罪を犯した死者や嬰児には「不死の力」があるとされていた。だから魔女達は食べるだけでなく秘薬にしたともされている。特に嬰児であるのは、生命力・成長力が凝縮されていると見られていたからだった。

力を「生む」為に生命力にあふれた嬰児を殺し、そしてその肉を喰い血を飲む事で力と「一体」になる。それはまるで魔女達の神、月の女神の持つ二面性の様だ。

だからと言って今となっては誰がそれを責められようか。それが人間であるのなら。

そして人食いは悪とされる魔女だけではない、今の教誨が崇拝する「宗教」も、その昔は人食いをしていたと言われている。

彼らの行為は「人喰い」ではなく、彼らに言わせてみれば「神と一体になる」行為であった。霊力を秘めた肉を「喰い」、その血を「飲み」、神と―その力と「一体なる」行為。初期の教誨ではその生贄は動物ではなく初子の赤子であったといわれている。

それだって責められる事ではない。その他にも世界中には生贄、人身御供は散らばっているのだ。祭壇に捧げられた生贄の腹を裂いて心臓を取り出す、その血を浴びる神官、分けられた肉に貪りつく選ばれた人間―一体誰がそれを責められただろう。神を望み、神の力を欲し、神を待ちわびた人々がとった究極の儀式。―神はいつだって薄情だというのに。





だから、私は責めない。それが人であるのだから。

しかし私は「生む」為に殺さない。



私の女神はそのような事を望んでいないから。

私の女神はもうこの世界にいないから。

もう帰ってはこないから。



だから私は、殺す為に殺す。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




森の中の教誨はとても珍しいと聞いている。ほとんどが街の中にあるし、何と言っても管理には不向きだ。案の定その教誨は年齢に反してなんというか―ボロイ。

その教誨を見上げ、そしてその隣の―燃え尽きた肉を抱えた十字架を見つめた。思わずため息がこぼれ、悔しさに歯ぎしりをしたせいかぎり、と閉めつけるような音がした。幸いと言うべきかなんなのかその教誨は普段は人がおらず、定期的に人が手入れしているだけの無人教誨だったらしい。だからこそ―現場に使われたのだろう。

マスク越しでも分かる匂いの酷さに相変わらず込み上げる吐き気が抑えられそうにない。でも堪えなければならない。


「絶対にこの事件を…こうしている間にものさばっている犯人をしょっぴいてやる」


ガンっ! 決意の様に横にある木に叩きつけた拳をカインがそっと引き取り、温度のない両手で包み込んだ。驚いて見上げると彼は何故か哀しそうな顔をしている。


『自分を痛めつけるな』


久しぶりに心で聞いた声には表情と同じくらいの哀しみが詰まっていた。そしてカインはそのままゆっくりと顔まで拳を持っていき、唇が触れた。


「俺が、痛い」


ドキン、と心臓の音がはっきり聞こえた。顔がカッと熱くなって思わず掴まれたままの左手を彼からもぎ取る。カインは残念そうに眉をしかめたが、事件を思い出したのかふ、と優しく悪かった、と言ってそのまま頭を撫でて現場に向き直って行ったので自分も慌てて気持ちを切り替える事にした。

吐き気を堪えながら―そうは言っても人の焼けた匂いと言うのは酷いのだ―つかつかと近くに歩き、同じようにマスクをしている現場官に激を飛ばす。


「被害者の身元は割れたんでしょうね?」

「は、は…もうすぐです」

「さっさとしないと握りつぶすわよ」

「は、すみません!」


冷や汗をだらだらとかきながら逃げるように去って行った現場官の後姿を見てふんっ、と鼻息を荒げた自分を遅れてついてきたヴィオがおっかねぇ、と苦笑して見やってきたのでご要望通りにギロリと睨みあげてやる。深呼吸をして心を落ちつけ、右手を十字架に触れさせて呼吸を整え、意識を集中した。



『……kじじじ…俺は…なぜ此処にいる? ここは教誨? 痛いこれは縛られて…誰だ!? …仮面の…お前なのかこんな事をしたのは! なぜだ! 止めろ! 火を放つなんて気でも狂ったのか?! ああああ火が熱い熱いイタイ!! 痛いいいい! 「お前に罪はない…」痛い痛い熱い熱い! あああああ! …「お前も魔女も…」ならなぜだあああ! …「お前は悪くないが…贄になってもらう…半分の…魔女」あああああああああああああAあああああ……』



ハッ……

意識が戻った後、その場に崩れ落ちて膝をついていた事に気が付き汗を拭って立ち上がる。

もう動く事のないそれを見やって、なんですって、と驚きの声が自然と唇から零れた。カインがこちらの様子に気が付いて声をかけてくる。


「何を見たんだ」


よほど青い顔をしていたのだろうか、心配している空気がありありと伝わって来ていたので大丈夫、と付け足してから口を開く。


「ハーフよ、この男の人。ハーフの魔女だわ。そんなたいした魔法も力もなかったのに…何故? そして魔女よ。今まで魔女のかたき討ちかと思っていたのに」

「魔女か…括りつけられている男の前に立つ仮面の人物まで把握出来て、何かしゃべっているのは分かったんだがそこまでは聞きとれなかったな…ただあの仮面の人物の湖面に落ちる水滴の様な静かな殺意だけは見えるんだ。どうしてあんな静かな殺意を抱え続けているんだろうか…」


右手で左の肘を抱え、その左手を顎に添えて考え込むカインの言葉に、ルナはうん、と唸って思考を巡らせた。なぜいまさらになって魔女を殺したのか。それならば異端審問官の末裔を殺した意味なんてないんじゃないだろうか。


「兎に角…」


ルナはその黒い黒曜石にも似た瞳を持ち上げ、カインの方を見上げた。


「確信ではないけれどこれで犯人の目的は魔女に対してもかたき討ちではなくなった。もう一つの目的がある可能性が高い」

「そうだな」


その時先程激を飛ばした現場官が泡を喰ったようにワタワタとこちらに駆けてきているのが視界に入り、近くまできてまだ息の整わない彼をせっつく様に問いかける。


「分かったの? さっさと知らせて」

「ひ、は…はい。被害者はロバート・バレット。45歳。高校の用務員です。2日前から姿が見えなくなっていて捜索届が出ていました。両親は地方で暮らし、本人は1人で生活していたようです。両親とは最近会っていなかったそうですから今回の件で母親はショック状態で入院、今は絶対安静の状態です。話を聞こうも聞けませんね」

「…ちょっと待って、彼の職業は用務員って言ったわね。まさか…」

「…そうです。コンジョウ。2件目の水没被害者を発見してげえげえ吐いていた用務員ですよ。まさかこんな事が…」

現状を知った現場官の彼の表情も今は酷く硬い。汗が顔を伝うのも拭わず、ただルナの顔色をうかがっていた。ルナの方はしばらくその場で考え込み、しばらくすると決意の顔を上げる。


「犯人のもう一つの思惑が見えないけれど、今回のバレットの件で事件に関わった人物に及ぶ危険性があると言う可能性が出てきたわ。被害者に関わりの深い人物たちを中心に警戒を、そしてもっとも深い者には警護をつける要請をして」

「は、はい!」


慌てた現場官の彼の姿を再び見送ると、ルナはカインとヴィオに向かってゆっくりと、だが芯のある声で威厳ある女王の様に告げた。


「関係者の周辺の洗い出しをするわ。データと死体から再度読む。私はまだ見逃している事があるみたい。やる事が増えたわ…」


二人は彼女を見つめ、その声に応えるように真剣な、女王に使える騎士のごとき眼差しでただ黙って頷いた。



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