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27.見えたものとは

モガリに腕を掴まれたまま立ち上がり、ありがたい事に体重まで預けさせてくれて歩かせてくれた。よたよたと導かれるままに歩いて、学校の保健室の様な所に連れてこられるとその真ん中にある背筋の広がったラウンジチェアに割れ物のように座らせられる。ちょっと待ってて、と言われて彼が姿を消し、しばらくするとマグカップを片手にこちらにやって来て、はい、とそれを渡された。


「彼女を納めついでに作ってきたわ。ココア、飲めるでしょ?」

「…コーヒーが良かった…」

「馬鹿言うんじゃないわこの小娘。イキナリ毒薬飲み込めっていうのと同じ事を。いいから黙って飲みなさい」


ち、こう言う時だけ年上ぶるんだから。ココアをしぶしぶ口に運びながら、ルナはそっとモガリを見上げた。モガリはこちらの様子に満足すると、壁際にあったデスクの傍のVIPチェアーに足を組んで同じ飲み物を飲んでいた。ああそう言えば甘党だったっけこの男。

しばらくそのモガリ好みの下を刺す様な甘ったるいココアと格闘していると、それまで黙ったままだったモガリがねえ、とマグを置いて口を開いた。


「ナニを、見たの?」


すう、と息を吸い、ゆっくりと吐き、沈んでいた記憶を呼び起こして整理をしていく。


「闇。ただ一点の、闇。それが一斉に襲いかかってきた」

「闇、ねえ。…そんな現象今までに見た事は?」


今まで全てを思い出せる訳ではないが、記憶にある限りを思い出そうと試みるが…


「……いや…ない事もない」

「? …どういう事よ」


途端、それまで背もたれにもたれていたモガリはぎしりと音を立てて身を乗り出してくる。それを見ながら、ルナはようやく半分になったココアをそっと前のローデスクに置いた。考えてようやく思い当たった事を口にする。


「術が掛けられている記憶は、今みたいなのに似ている気がするの…生きた人だったけれどね」

「術…なるほどねえ。するとあれかしら、死ぬ前に術を掛けられていたって事?」


男特有の骨ばった手を滑らかに動かし、人差し指をこちらに向けた状態でモガリが問う。うん、と首を縦に降ろし、肯定の意を示す。


「可能性としてはある。まあでも…私が生きている人を読んだ時…大分昔の話だから。その時はけっこう今よりも飲まれちゃって復帰に結構時間かかったりしたから、確実にそうとは言えないわ。…とどのつまりは、若かったの」

「ナニよ今も十分若いくせに」

「突っ込むのはそこじゃないでしょ。ったく」


そんな自分の悪態にもモガリは何故か赤面しながら突っ込むなんてイヤだルナちゃんイヤらしい馬鹿! とか言っている。そんな想像が浮かぶそっちの方がイヤらしいわ、とかは言わないでおく。そのままわざとらしくううん、と咳をして彼の視線をこちらに向けさせ、兎に角、と改めて話を切り出した。


「モガリ、ウィッチドクター…呪医の知り合いを知らない?」



ウィッチドクター、呪医。ジュジュマン、オペアマン、ルートドクター、コンジュア・マン、リーフドクターなどとも呼ばれる。その名前の通り、呪医は魔女が引き起こしたとされる病を治療する。毒と術に精通し、司祭と医師を兼任している者もいると聞く。ルナのセリフにモガリは一瞬怪訝そうな顔をした後、すぐに彼女の言わんとしている事が分かったようだった。


「呪医? …ああ、そう言う事。たしかに魔術とか術を掛けられたのだったらそれ系に診てもらった方がいいわよね。でもルナ、あいにくと私にはそれ系の知り合いはいないのよ。それなら貴女の方が専門でしょ? …んんもう! 分かったってば、そんな顔しないで…まあいいわ、探してみる」

「頼むわ。私そう言われてもツテあんまりないし、事件に集中したいの」


お願いね、と微笑みかけると、モガリは、ん、オッケとはにかみながら答えてくれた。彼なら多少当てにしてもいいだろう。それから彼は足を組み代え、再び背もたれにもたれかかると、フーッと長いため息をついた。


「…しかし、魔女ねえ。アタシ犯人はそんな複雑に人を殺していないと思うのよねぇ」


うーんと顎に手を当て、悩む仕草をしながらモガリはおもむろにそう口を開いた。


「何故?」

「うん…だって、末裔を殺してそれで魔女の復讐として成り立つのかしら? 魔女は嬰児を好むのよ。それならば大人ではなく、末裔の赤子を殺す方が魔女にとって、あるいは彼女たちの神にとって有益なのではないの? 月の女神、魔女の女神は再生と死の女神なのでしょ? ならば目的の為には力を溜めた赤子がいいんじゃない?」


言われてはた、と思い出し、その場で目を丸くしてモガリを見つめた。そういえばそうだ。魔女達の復讐をしたいのなら、少しでも確実にそれを叶えたいのならその力が大きい方が良いだろう。でも…少し考えて思いついた事を口にする。


「でもモガリ、そんな昔のジンクスみたいな事信じてるのかしら? 仮に信じてるとして、出産時に死産のレベルも昔よりかなり減ったし、いちいち人売りに介入すれば足がつくわ」

「でもない事じゃない。いまだに人売りは世にはびこっているわけだし。足が付かない様にするなら大金掴ませるか、最悪その人売りを殺せばいいのよ」

「うーん。そう言われればそうだけど…」


ふぅ、とため息をつき、ルナは今一度自分の中でごちゃごちゃになっている思考をまとめ直していくことにした。何故赤子を使わず末裔の大人を殺したのか。その末裔をターゲットにしたのはやはり、魔女狩りの報復なのだろうか。人差し指をこつん、と自分の頭に突き立てる。


「…何となく前からしっくりこない感じがこう…自分の中にあったの。でもまあ、今回のモガリの考えも考慮してそっちの世界の方にも探り入れてもらう事にするわね。一応」

「そ、ならそうなさいな。また呪医の方は方々目途つけておくわ。でも当てにしないでよね。アタシホント当てなんてないんだから」


モガリはふん、と荒い息を吐いて右手を扇いだ。ルナはクスリと笑って先程の人差し指をそのまま彼に向って指す。


「いいわよ、貴方の事信用してるから。いざとなれば私がまた潜ってみるわ」


まあ、命がけだけれどね、と肩をすくめる。モガリはフルフルと首を横に振り、不意に立ちあがって座ったままのこちらをその長い腕で抱きしめた。ふわりとフレグランスの良い香りが漂い、その香りに鼻腔を支配される。


「お前を危ない目に合わせたりしねぇよ。分かってるだろう」

「! ……」

「どうした?」


全くこの男、天然なのか無意識なのか。急に真面目になるんだから。そんな綺麗な顔で不思議そうにこっちを見ないでほしい。抱きしめられたままで身動きが取れないでいると、モガリの長い金糸の髪がひと房はらりと肩に滑り落ちて頬に触れた。柔らかなその感触にまたびくりと身体が跳ね上がる。絶対今の顔は真っ赤に違いない。


「……急に口調変えるのは止めてよ…びっくりしちゃう」

「あら、そう? アタシは好きな人の前だとボロが出ちゃうの」

「はあ?」


フッと、耳元に息を吹きかけられてヒャッ! と耳を抑えて飛び上がったルナを、彼女から離れたモガリは楽しそうに見下ろして笑った。


「だって俺ルナのファンだもん。ルナは俺のアイドルだしぃ」

「恥ずかしいからそう戻らないでってば!」

「やだールナちゃん顔真っ赤にしちゃってかわいー! 意識しちゃった? アタシのコト意識しちゃった?」

「モガリ!!」


この美人の男は全世界の女性のハートを根こそぎ攫って行きそうな悪戯を仕掛けた子供よろしくピュアな笑顔で自分の頬をツンツンとおもしろそうにつついていて、これが本当変人じゃなければなあ、と常々思うのだ。赤くなった顔をそむけながら、ルナはモガリにともかく! と声を張り上げて彼のテンションを遮った。


「貴方は呪医の方頼んだわよ! 被害者がなにかしら魔術を掛けられて記憶を抜き取られているとしたら、何かしら書類も通りやすいでしょう。いなけりゃホントに私がまた探るから。危ない真似とかしないから」

「ホントだろうな? まあその時は俺が手助けしてやるから安心しろ。これでもアタシやる時はやるのよー?」

「…分かった分かった。頼んだわよ。私は出直すわ。オンディーヌとの会話も、どうやら出来そうにないし。早いうちにまた来る事にする」


えー、と駄々をこねているモガリの腕を振り払い、ルナは少々疲れきった状態でカタコンベを後にした。


殯の本来の意味は祭儀儀礼で、死者に別れを惜しみ、死者の霊を畏れ、復活を望みつつも本当に死んだと視覚的にも確認していく、という事らしいです。彼の役割そのものかな、と思って彼の名前にしました。殯は代々受け継いでいく名です。元の名前は違う…という感じ。

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