22.悲劇のヒロイン
「と言っても、まさか戯曲の人物が実際する訳がねぇな。実際このファウストに出てきていたグレートヒェンにはモデルがいたと言われているだけだ。ゲーテが生涯で会った女の組み合わせだという説もある。まあこのマルガリータは父親が娘に名付けたんだろうな。何故か。それはお前が見せてもらった画にある」
「あの?」
咄嗟にルナはPCを取り出してあの絵の画像を取り出す。どちらの画だ? 考えていると、いつのまにか背後からドゥが肩に左手をかけ、ほっそりとした右の人差し指をその画に向けた。
「この女の画。裏にあの字があったろ? 『時よ止まれ、お前は美しい。』 …お前みてぇだな、かわいいルナ。まあ、ともかくな、これはファウストのグレートヒェンだ。とはいえ当時の時代を考えればこの画の不自然さが目につく。何故この女はこんなにこぎれいなんだ? まあそれはいいんだ、問題はその裏の文字…」
「…焦らすのは止めて」
じれったそうにドゥの横顔を見つめ返すルナに、彼はルナの肩に手をかけたまま嗚呼、と艶めかしいため息を零した。
「たまんねぇな、その横顔。なぁ今回の報酬は精気のかわりにディープキス一つでいいぜ、お前に一回されたら俺しばらく想像だけでマスかいてられるわ」
「嫌よ変態。さっさと話しを進めなさい犬が」
その足をギリ、と強く踏みしめて睨み付けると、く、と苦々しげに唇を歪めたフォリはざぁんねん、とそれでも楽しそうに声を上げて、先程の画を見つめ返す。
「惚れた女に罵倒されるのもいいねぇ…まあいいや。メインはこの裏の文字なんだ。この画は後からの付随」
「……」
ニンヤリと意地悪く笑った顔が、こちらを見つめた。
「もう察してんだろ。ブラントの一族は魔女として扱われた一族。ゲーテが助けたくても助けられなかった儚い命のように哀れな一族。だがこの一族は魔女として扱われ、拷問の果てに死んだ者がいた。だから一族は願ったんだろうな、時よ止まれ、お前は美しい、と。悲しい願い、もはや一生叶わない願いを。時が巡り、一族で麗しく悲しい戯曲のヒロインの名前を付けられた女は思ったんじゃあないか。異端審問官がいなければ、魔女は死ななかった。私たちは死ななかった」
手のひらをテーブルに押し付け、こちらの肩に手を置いて画面を覗き込むフォリはあくまでその口元の笑みを消さなかった。
「……彼女は本物の魔女…なの?」
「さあ? …そこまでは分かんねえな」
「……罪の象徴を片付けたら、女神が来た…」
彼女に会った時に言っていたあの言葉。女神。彼女の女神。大地母神。魔女の女神。その様子をフォリはニンヤリと見つめていた。
「可愛いお前の名前はRUNA。名前は違えど、月の女神の名。月の女神は、魔女の女神。くくくく、ルナ。ククククク………愛しい僕らのルナ」
突如、ドゥの荒々しい口調が一変、落ち着きのある静かなものへと様変わりした。
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