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20.強い眼差し

帰ってくるとオフィスの窓枠に身体を預けているカインの姿が目に入った。暗闇の中でその瞳がギラギラと燃えるように輝いていた。見上げたその顔にはただ怒りがあふれている。


「なぜ俺に黙っているんだ」

「何が?」


そう口に発した途端、ガッ! とその手に力一杯右腕を掴まれ、そのまま壁に押し付けられ、背中を激しく打ち付ける。怒りと共に見上げれば夜闇にきらめくアメシストの瞳がこちらを見下ろしてこちらを睨みかえしていた。その威圧感のあふれる眼差しに戦慄が走る。やがてカインは沈黙を噛み殺してしまうかのようにとげとげしい口調で言い放った。


「……狼に一人で会ったな」


狼…はたしてそれがたった今のセイルの事なのか、王であるヴィオの事なのか今は分からない。確かにセイルにも、その前に王にも会っているが…。


「俺やヴィオが何の為に傍にいるのか知っているか。狼からお前を護る為だ。それをお前は黙って会うなんて…」


カインの表情が徐々に悔しそうな表情に変わっていく。ルナは震える吐息をもらしながら、眦を強くしてそれに答えた。


「…狼とヴァンパイアの関係は貴方も知っているでしょう。互いに孤高の存在である貴方達は、目を合わせただけでも抗争の元にもなりかねない。私は昔王―ヴィネと関係があったからこそ、干渉していける。その信頼を裏切れば迷いなく私は殺される」

「だからって!」

「……そもそも、貴方はオギを全面的に信用しているみたいだけど…あれが本当に彼の真実だと、誰が言いきれるの? 勿論、オギの事は良い上司だと思ってる。でもね、あの瞳に何も感じない訳ではない。狼からの護衛というのは単なる名目に過ぎないと私は思うわ。…まあ可能性をいくつかあげるのなら、ヴァンパイアの血を取り入れた能力者が如何に進化するのかという観察と、目を離せば危なっかしい人狼を観察しておくのに私という仲介が丁度良かったというのもあるかしら」

「ルナ…」

「貴方もうすうす気が付いてるんでしょ? 警察は決して能力者を護っている訳じゃない。飼っているの。立場を同じにすればいつ付け上がるか分からない。しかし無下に扱えばいつ反旗をひるがえされても叶わない。だから、ある程度の力でもって『飼う』のよ。オギが私に護衛をつけるのは、ただ単に折角大事に育てた能力者が死んでは困るから」

「……」


カインがひゅう、と息を呑む音がして、見れば驚愕を隠せない表情を浮かべていた。

―純粋過ぎる。

それを見て、ルナは単純にそう思う。長い年月を地下の奥深くで生きて来たのなら、己の娯楽を提供してくれていたオギに心酔しするのも分からなくはないが、それでも血にまみれた世界を生きるヴァンパイアがこうも純粋でいいのだろうか。


(オギが可愛がる訳だ…彼なら汚い思考でも染めやすいだろう)


この世界は真実そのものが正義であるとは限らない。真実こそ残酷だ。しばらく黙っていたカインがふとこちらをの名を呼ぶ。


「……ルナ」


ぞわり、とその声に身体が芯から反応して震えた。自分の中の彼の血が反応しているのだろうか。彼との繋がりを、彼の声だけで感じる事が出来るのに酷く安堵を覚えるとともに戸惑っていた。あの日―アンナとのキスを見た日から、何かが狂い始めている。


「俺は…俺達はお前を護る為に在る…どちらでもいい。狼に会う時はどちらかを連れていけ。ルナ一人の必要など何処にもない。それくらいの交渉はしてしかるべきだ」

「でも」

「ルナ」


ゆっくり近づき、ルナの肩を抱いたカインが囁き声、でも芯のある声が耳元で諌める様に囁く。そのまま首筋にふつと当たる唇の感触が、冷静だった心を欠いていく。


「心配なんだ」


顔を上げて見下ろしてきた瞳に飲み込まれ、息を飲む。身体が動いてくれない。どうしてこのヴァンパイアはこんなに引き付けられるんだろう。


「ルナ」


たしなめるように再度名前を呼んでくるカイン。考え、そしてかさついた唇を引きはがして答えを出した。


「…3日後、王の経営のカフェで会う異種がいる。でも外で待つだけにして。貴方も、ヴィオもよ」

「ルナ!」


やっと視線を外し、カインから顔を外したまま彼を諭す様な声で続ける。


「会う異種は貴方達を許しても、王は決して許さないと思う。王との関係はたとえ貴方でも崩されたくはないの…それは慎重に築き上げた絆だから。…精一杯の譲歩よ」


ゆっくりと顔をカインに向ける。真剣な眼差しで向かえば、彼はやがてルナの二の腕を掴んだまま悔しそうにうなだれた。


「分かった」

「…ゴメン」


そ、と左手をカインの腕に差し伸べて、二の腕に触れる。途端にその腕をぐい、と持っていかれカインの胸の中に倒れ込んでしまう。びっくりしてそのまま上を見上げれば、今度は何処か悪戯な眼差しのアメシストの瞳が覗き込んでいた。切なそうに細くなった瞳がこちらを捉え、そして視界が彼のアメシストで一杯になった後、唇が冷たい温度に支配された。




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