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1.夜明け前

「……ん」



眼光に差し込んだら僅かな光に思わず目を細める。夜が長い冬型の季節はまだ朝をつれてくる気配がない。カーテンからわずかに闇がこぼれている程度だった。ブランケットをはねのけて、起き上がる。どうやらベッドサイドのランプを消し忘れたらしい。そっと指を伸ばして消し、大きく伸びをする。まだ暗いとはいえ、身体が中々動かない。人間でいう低血圧、という症状に似ていると思う。そんな感じだ。こらえて無理やり身体を起き上がらせる。

(……夢)

それにしても随分と懐かしいものを見た気がする。

そのまま彷徨う様にベッドから出れば、自然と隣の部屋に足が向いた。淡いブルーとシルバーを基調とした部屋にはまだ寝息が聞こえている。そのまま気配を消して部屋に入り、まだ眠っている彼女のベッドの縁に腰掛けた。眠る彼女の顔を見つめていると、自然と愛おしさが込み上げてくる。


「……ルナ」


ジェイドが死んで、それでも灰は本人と断定され、5千年くらいの刑期の減刑があった。本来ならばあり得ない事だった。オギの前の担当ですらそんな事はなかった。そして今度はルナの護衛。どうも彼女は人狼とも関わりがあるらしい。初耳だった。しかし今度は護衛する期限がいつ切れるも分からない。それは不安ではあったけれど、自分にはどうでもいい事だ。今、傍に居られればいい。自分の罪が一つの事件で終わるとも限らないし、ならば何度でも彼女の傍に居る機会に喰いつき、そのチャンスをつかみ取るまでだ。 数十時間前に会話した彼との会話を思い出す。


『何となく…想像はつく。ルナを餌として俺に与え、そこに感情が芽生えるにせよないにせよ、俺を見張る事は出来る』

『どちらとも取るがいいよ。我々人間としては事件を解決し、彼女を守れればいい。聞こえが悪く言えば、』


カタン、と彼がティーカップをソーサーに置いて、こちらを見据える。

針のように鋭い視線は、腐れ切った上部と対面する時に使う表情だと聞いたことがあった。まさにそんな表情が浮かんでいた。


『結果として君の血を入れ、彼女の能力の変化はなにかしら起こる事なぞ私は予測済みだった。それで彼女の能力が変化すれば我々にとっても好都合。そう言って上層部を説き伏せたのだよ。今回は予想外だった。狼どもと彼女が知り合いだったのは私も知らなかった。ずっと彼女の上司だった訳ではないからね。…狼はダメだ。狼は月を呑みこんでしまうからね。護衛の方は君たちは好都合だったよ』

『実験体を…自分たちの犬を成長出来ればそれでいい、と…』


キリィ…歯を食いしばり、怒りを堪える。壁がミシリと音をたてた。それをオギがちらりと見やって、こちらをまた見なおした。そこに表情は変わらずに無かった。


『それは…アイツの道楽か』

『それはない』


その時のオギの表情は変わらず無表情を貫いていたが、かすかに動揺したようだった。ピクリと眉が動くと、また無表情にかえる。ゆっくりとカップの縁に唇をつける。飲み込んで、彼は言った。


『…あの方はお前をいつでも見ている』

『気持ち悪い事言うな』

『父であり、すべてであり、我々を導く異種族…それはもう昔からの慣習なのだよ、カイン。人は愚かなものなんだ』

『慣習、ね…』


その時、自分はもう何も言うまい、と思った。あの妙齢の紳士は己の中では常識あるニンゲンなのだ。それを狂気と名付ければその人間は狂気の人になり、常識というものを背負えば彼は常識ある人になるのだ。他人が、そして己がどうその人を名付けるかによる。それが人間だ。分かっていたはずなのに、いつの間にか心を許してしまった自分がいたのだ。人間は不変ではない。昔と同じままではない。進化する。変化する。その心の中の、真の黒さを隠して。


「カイン…?」


寝ぼけた声が手元の方でした。にこり、と微笑みを作ると、声のした方に顔を向ける。茶色の髪の毛がもぞりと動き、黒い瞳がこちらを見上げた。


「まだ、寝ていていい」

「カインも、まだ寝ている時間よ。どうしたの?」


どんな思惑があっても、どんな策略が巡っていても、彼女だけは守らなければならない。それだけは、不変でなければ。


「早めに目が覚めてしまった。どうせまたすぐに眠るさ」

「ならいいけれど…」

「もう少し、お休み」


そっと撫でてやると、彼女はゆっくりとその瞳を閉じた。少しの間があって、再び穏やかな寝息が聞こえ始めた。それを聞き届けて、カインはうす闇の中顔を上げた。そう、何故今更あの夢を見たのか。分からないが、嫌な予感がした。


「嫌な事が、起こらなければいいが」


呟きは朝闇の中にゆっくりと溶けていった。



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