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17.君は血の様に甘い毒

バタン! と派手な音を立てて部屋のドアが閉まったのを背後で聞き、ルナはベッドへと身体をうずめた。途端に感情が暴発し、涙がぼろぼろと枕に吸い込まれていくのが分かる。

何で、キスしたんだろう。いくら無理に、とは言っても、抗いながらもカインはどこかコミュニケーションの一つの様な感じで受けていた様に思う。一体二人の間には何があったんだろう。知りたい。聞きたい。でも、知るのが怖い。胸の中にもやもやと湧き上がるのはどす黒い感情に嫌気がさす。頭がズキズキと痛んでくる。

どうも感情の起伏が激しいと頭痛が起こるらしい、とレイから言われていた。


「いた…い…」


頭を抱え、ケットをかぶる。痛みが先程より強くなってくる。


「っ……あ…ぅ…」


その時、自室のドアをノックする音が聞こえ、返事の間もなく入ってくる影があった。その影を視界の端に何とか入れる。


「…ヴィ…オ…」


かすれた声が口から零れるだけだった。乾燥で喉が張り付いている。背後から灯りに照らされたヴィオの瞳がこちらを覗き込んでいる。


「……帰ってたんだね。また、頭痛いの?」

「…だいじょ…っ! …」


答えようとしてまた発作的に起こった頭痛が脳髄を刺し貫く。それを見たヴィオは、ふう、と一つため息をつき、背後に潜めていた左手を前に突き出した。


「…みず。飲める? 喉乾いてるんでしょ?」


それはペットボトルに入ったミネラルウォーターだった。正に欲しいと思っていたものだったので、急いで首を縦に振る。そのままそれを受け取ろうと手を伸ばすが、途端に頭痛がくる。かすれた声でもう一度ヴィオ、と呼んだ。

黙ってこちらを見ていたヴィオがごめん、と一言呟いた後、そのペットボトルを開け、口に含むとルナの腕を押さえつけてそのまま唇を合わせた。


「ぅ…」


ヴィオの舌が唇をこじ開け、ミネラルウォーターが流れ込んでくる。急に流れ込んでくるそれを何とか飲み干す。

は、は、と荒くなった息を整え、涙で滲んだ目をしばたかせながら、改めてヴィオを見上げた。ヴィオは腕を掴んで見つめたまま、どこか困った様な苦笑を零した。


「……困ったな…」

「……?」

「……欲情した」

「ヴィ…オ…!」


カッとなって身体を起こそうとするが相変わらず腕を掴まれていて動けない。


「ルナ、具合悪いのにね…ごめん……だって」


急にヴィオの顔が近づく。灰青色の瞳がじい、とこちらを見つめていた。


「…ルナがかわいくて仕方ないんだ…」

「…また…」

「冗談だと? そんな訳ないだろ?」


急に真顔になるヴィオに見つめられ思わず心臓が跳ねた。その灰青色に飲み込まれそうになる。少し伸びた髪が頬にかかり、ヴィオの顔に影を落とす。ベッドに片足を掛け、笑いながらルナの髪の毛をすくって口づける。上から見下ろしてくるその視線が婀娜めいて光る。

ニンゲンて、昔からそうだもん。誰かが居ないと寂しくて泣くんだ。ゆっくりと頬を骨ばった指が辿って、すべり降りていく。

その瞳から目が離せずにいる。哀しい、寂しい、そんな感情を混ぜて固めたような灰青色。


「…好きだよ、ルナ。ずっと好きだ……この気持ちが俺を非情にも、自分自身を無情にも被虐的にもさせるんだ…君になら何をされてもいいと思ってる」

「……Mね」

「君に言われるなら本望だ」


にっこり、綺麗な笑みであっさりと返されてしまって、う、と言葉につまる。たじろぐその様子に、ヴィオはくくく、と声を上げて笑われてしまう。髪を撫でていたヴィオは、そのまま倒れ込む様にルナの肩に頭を落とした。艶のある声が近くで囁く。


「……どーしてそんなに惹きつけるの」


ひきつった様なかすれた甘い声にドキ、とした。こちらの反応などお構いなしというように彼は呪文のように続けている。


「僕らのお月さま、幻想的で幽玄な光で僕らを狂わせるお月さま…君は毒だよ、甘い甘い毒だ…まるで血のように……」


それは貴方達ヴァンパイアだ、と言い返したくなった。私をどこまで落とす気なのだ、と。途端に首筋にすん、と鼻を鳴らされてぞくりとする。


「…このまま、奪わせて…」


甘える様な声が降りかかってくる。それは甘い毒の様に浸食する。歯先が首筋につ、と当たるのが分かった。そのまま溺れてしまえたら楽なのだろうが、どこかで抗う自分もいた。


「……ゴメン…ヴィオ」


絞り出すように零れた言葉が、静かな空間に響く。しばしの沈黙の後、はぁ……と長いため息がヴィオから零れた。べろり、と舐められて、首筋に唇が当たる。びくりと震えたが、ヴィオはとどまってくれたようだった。


「あーあ。せっかくルナを抱けると思ったんだけど。ダメか」


圧し掛かっていた身体の重力が途端に緩み、軽くなった。ヴィオが立ち上がり、床に置いたペットボトルの先端をひょい、と掴み、ベッド脇のサイドテーブルに置く。そして髪をガシガシと掻き、そのまま後ろに掻きあげると流し眼でこちらを見つめた。


「……思うだけの恋慕もシンドイんだよ」


ヴィオはそう言って片方の口角を吊り上げて笑った。その笑みが切なげで、自分が悪い事をしている気分になる。いや、悪いのは自分だ。ルナ、とヴィオが囁くように呼んだ。


「……頭痛、治ったでしょ?」

「あ…」


驚いて思わず頭を抑える。確かに先程までの激しい頭痛がいつのまにか何処かにいってしまっていた。なんで、と聞くと、彼は内緒だよ、と言って、ふ、と優しく微笑んで、ゆっくりとドアを後ろ手で閉めた。



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