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13.水に還ったオンディーヌ

「くっそ!またか」


人口池の中央にまるでニンフのように美しい顔を水に染めて浮き上がるその姿をヴィオは歯ぎしりをして見つめていた。

全裸の遺体は女性だった。少なくともそれだけでは事件と関連づけてみる事はできないだろう。髪の毛を無残に切られている。それと胸元にかけられた紙片だ。そこには言葉が書かれていた。あれは確か―


「身元は今確認中。でも近隣の人間の話だとこの女性は娼婦で、皆からは〝オンディーヌ〟という愛称で通っていたらしい」

「女性だからなのかしら。今までよりは少し拷問というよりは洗礼、という感じを受けるわ」


ルナが思いついた事を口にすると、ヴィオが先程まで思いだしていた事を話し出す。


「胸元にかけられた紙片の言葉は神が天に召される時に言ったとされる七つの言葉だ。後は髪の毛―昔から髪の毛には魔力が蓄えられているとされていたから。拷問前の洗礼って所かな。多分、もう分からないだろうけど聖水で清められて身体中調べられているよ。まあ、娼婦だというからもうアレは喪失しているから、犯人の中では彼女は死刑確定だったと思う」


それ以上聞きたい? と至極真面目な顔で聞いてくるヴィオにルナは思わずブンブンと左右に大きく首を振って否定した。これ以上のグロい事なんて事件に関係なければ聞かないに限る。今だって吐き気を必死に堪えているというのに。


「…どうも犯人の意図が見えてこないな。魔女狩りを再燃させたいのか、ただ大昔の拷問を再現したいだけなのか」

「今回、この女性はでも犯人にとって予定外だったんじゃないかな。男性の拷問に際して、女性のこの洗礼という優しすぎる対応。殺したくなかったのに、殺さざるを得なかった、という感じも受ける。花びらだらけだしな」

「そうね…」



三人そろってその場で様々な考察を巡らしていると、池の向かい側から冷たい声が響き、そしてヒールの音がカツンと地面を穿った。それにつられる様にして皆が一同に顔を上げる。


「…また死んだのね。魔女の洗礼、拷問前の魔女。別に…どうでもいいけども」

「アンナ!」


彼女は白のレースシャツにカーキのトレンチスカート、ニーハイソックスにブラウンのレースアップブーティという清楚ながらもカジュアルな格好だった。彼女が歩みを進めるたび胸元まである黒髪が揺れる。もう感情を爆発させないようにしようと頭で分かっていながら、ルナの心の中はぐるぐると渦巻いていた。

アレは同族嫌悪とでもいうのだろうか、ヴィオの方はひっきりなしに怒気と殺意を丸出しにして彼女を睨みつけている。ルナはフウ、と一つため息をついた。あれから少しでもベナンダンディも調べてみたけれど、資料が他の異種に比べて至極少ない。どうやら昔は作物を護る、いわば魔術師だったらしい。ベナンダンディによって術にかかった者も癒し、ある者は死者を垣間見たというから、その力はそれぞれなのだろうか。それ以上詳しくは分からなかった。彼女はコツン、とテープの前まで来ると、そのピンクルージュを塗った唇を弓の様にしならせた。


「関係者は立ち入り出来ないわ。いくら貴女が専門家と言っても」

「あら、今日から関係者よ? ミスター・オギから何も聞いていない?」


ルナが諭す様に言うと、きょとん、とアクアマリンの瞳が丸く見開きこちらを見つめる。 途端タイミングよく電話のベルがけたたましい音を立てて鳴りだした。慌てて取り上げると、3Dビューアがオギの映像を即座に映しだす。


『そう言う事だ』


言葉少ななその態度はいつもの事だが、今回ばかりは訳が違う。ルナは努めて怒りを顔に出さぬように気をつけながら彼の画像に語りかけた。


「オギ、ちゃんと説明を下さい、何故彼女が関係者になったと言っているのですか」


こちらの詰問も意に介さず、オギは顔の前に手を組んだままにこりともせずに言った。


『言葉通りだ。彼女は今日付けで一般アドバイザーとして就任した。理由は殺人事件の早期解決。それ以上も以下もなく、可はあれど不可はない。私の決定だ。いいな』


そう言われてはこちらとしては黙るしかない。ぐっと堪え、了解しました、と答えた所で映像はブツリと音を立てて消えた。いつだってこの身は堪えることばかりだ。その負荷が今日更に増えたという重みに身体の重力がずんといや増した様な気がした。表情を正してアンナに向き直り、微笑みかける。


「たった今聞いたわ。一般アドバイザーね。ただあくまでアドバイザーなのだから、そこのところのライン引きはよろしくお願いね?」

「了解、ダーリン。私はあくまでアドバイザーです。これでいいでしょ?」


ニッコリと微笑み、背を正す彼女を今更のように見つめ返し、ルナはこれから先の不安さを思った。それが暗黒で血にまみれた、まるで狂気の世界なのは思わずとも見えている気がした。どんな狂気なのだろうか、今はそれが見えない事が、ただ惜しい。


「じゃあ現場には入れる訳にいかないから、とりあえず私のオフィスへ、概要はそれから説明しましょう」


了承の意を示すように頷く彼女に車で来ているか確認し、付いてくる様に案内する。車まで戻っていく彼女の後姿をカインが訳ありげな瞳で見つめていた。その姿にズキン…とどこかが割れそうな程悲鳴を上げ、心に押し込めていた懐疑心が再度首をもたげる。


―否。


黙って心の中でかぶりをふった。自分にそんな資格など無い。この世界で自分だけが綺麗なままいられるなんて事は決してない。自分は今までさんざん汚い事をしてきた。口に出せないくらいそれは汚い事を。なんでカインを責められるだろうか。でも一緒に居て欲しくない。アンナと一緒にいて、笑ってほしくはない。


「ルナ?」

「う、うん?」


ヴィオに呼ばれ、いつの間にか拳を握りしめて立っていた事に気が付いて、情けなさに自嘲の笑みが零れた。


「大丈夫?」

「ええ、ちょっと考え事しちゃって。ごめん、行くわ」


今の自分と言えば、心の醜さに酷く汚れていく。ドロドロとした粘着質なそれは己の細部にまでまとわりついてくる、降りて、落ちて、墜ちていく。見えない未来はただ醜い。見えない己の心もまた、それを体現している様に思えた。




いつだってこの身は耐えてばかりだ。これは誰かも言っていた気がするなあ、と思ったらカインが1で言っていました。まあ誰もみんなそうですよね、耐えてばっかなんです。

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