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12.崩壊した楽園の行方、突然の襲撃

目の前の彼は彼女に目もくれず、白い顎に手を当ててただ深いため息と大粒の涙をポロポロとこぼした。3件目の被害者ベルナール=トゥールーズの同居人、ルナルド=シオンの瞳は、悲しみを大量に抱えたままこちらを見つめてきている。ルナはうんざりしながらも悲しげな素振りも忘れず、控えめな笑みを口元に浮かべていた。隣ではカインがうんざりとして嘆いていた。


「…僕はただベルナールが帰ってきていないから心配だったんだ。それでいてもたってもいられずに届を出したのに…まさかこんな事になってしまうなんて…ああ、ベルナール…」


ベルナール=トゥールーズの同居人の彼は美しいブロンドを揺らしてそのままソファに崩れ落ちた。見かねて向かいにあるキッチンの戸棚からグラスを取り、隣の棚にあったウイスキーをついで彼に差し出す。ああ、と零れる声の後、そのままかっさらうように受け取って中身を飲み干した。ハッ、と息を吐き、その綺麗な翡翠の瞳を真っ直ぐこちらに向けた。涙でキラキラと輝く瞳に圧倒される。


「ミス・コンジョウ。何故僕の愛するベルナールが死ななければならなかったのか、それを突き止めてほしい。ベルナール、美しい僕のエデン。彼が苦悶の果て、まるで咎人のように拷問を受けて殺されたのか、彼は何もしていないのに…ミス・コンジョウ…彼に救済を!」


両腕を掴まれ、すがる目で見つめられる。にこりと笑ってルナは彼を見下ろした。


「全力を尽くさせて頂きます、ミスタ=シオン。貴方のエデンを取り返すことまでは出来ませんが、その借りを返せる程度には」


そもそもエデンはいずれ崩壊する存在なのよ、と言い放てばこの人は発狂するだろう。心にもない事を思いついてしまい、なんとか堪えた。結局たいした事は聞けず、ルナは丁寧に断って彼の家を後にした。



◇ ◇ ◇




「いい加減その曲がりっぱなしの眉を直して頂戴。もういいじゃない」


車まで向かう途中に眉を潜め、ルナはカインに思わず声をかけた。カインはふん、と鼻を鳴らしてうんざりしたような顔をする。


「分かっちゃいるさ、ただ俺は女が好きなんでな」

「公言しなくったって普段の言動見れば分かるわよ」

「実行してやろうか?」

「結構です変態さん」


呆れかえって彼から視線を外すと前を向く。もうすぐ車を停めていた場所につくはず、という時、カインが直そうと努めていた眉をぴくりと動かした。


刹那。


ザシュッ!!!!


空気がものすごい速さで抉られる音がその場を震わせた。直ぐに身体中の細胞をフル稼働して音のした方を避けて顧みる。直ぐに再びあの音が正面に迫って、反射的に身体を翻した。


「くっ…!」


ズシャッ!と砂利を踏みつけ、片手と片膝を地面に付き、またしても音のした方を見る。アパート街から外れた路地の目の前、蹲る黒い影にカインはすでにもの凄い殺気を放ちながら睨みつけている。影は低い唸り声をあげている。唸り声?


「貴様は何者だ…何が目的なのか洗いざらい吐いてもらおう。それこそ臓物まで吐き尽くさせてやる」


グルルルル…獣の唸り声はより一層強くなり、それはゆっくりと立ち上がった。どうやら人型は残しているものの、獣の耳が付いている。脚は人間より筋肉質、手を見ると長い鉤爪で獣のそれだ。唇から長い犬歯が見えた。


「人狼。ウーウルフね。何故…」

「何故!!?」


途端それは牙を剥いて飛びかかってきた。自分で後ずさろうとしたが間に合わず、間一髪でカインに抱えられて宙を飛んだ。立っていた場所が互いに入れ替わり、再度互いを見かえすと、人口光の灯りの元、それの顔がぼうと浮かび上がる。獣の体毛に覆われているが、かろうじて人間の輪郭は見てとれる。ショートのエアリーウルフカット、体毛に覆われた顔からはオリーブの瞳が真っ直ぐにのぞいていた。


「貴様が我が王を唆した罪深い女だという事を我らは分かっているのだぞ!!」


彼は腰を低く保ったまま、唸り声と共に罵声を吐き散らした。


「貴様…臓物吐きださせるだけではすまないようだな…!!」


怒り狂うカインの前に腕を伸ばして遮り制止すると、ルナは唸り続ける人狼の前に立った。


「…ヴィネの臣下ね。貴方がたの王とは正当な取引の元納得していただいたのよ」


ため息交じりにそちらを見返せば、人狼は射殺せそうな視線でもってこちらを見つめる。


「王がそのような取引に応じるとは思えんのだ! 我らが王は正当な理由でもない限りその様な事をするとは思えん…」

「もともとあの事件は互いの考え違いが元で喧嘩に発展して人間がびびって持っていたナイフをぶん回して当たったのが首だったのよ。多少ウーウルフ側にも非があった、という事で王も多少考慮を下さった。

まあ人間もビビるくらいなら喧嘩なんかしなければ良かったのにね。まあそう言う訳で、ウーウルフ側に何か困る様な事があれば、能力者―私が貢献する、という形でね、譲歩をして頂いた。何も誑かしたり唆しちゃいないわ。あの王を唆せる人間なんていないでしょう?」

「う、嘘だ!」

「本当よ」

「そ、そんな…」


がくん、と再び膝を折った人狼は両手を地面につきそのまま静かにうな垂れた。カインがルナの前に立ちふさがり、人狼の頭に尖らせた左手を突き付ける。


「貴様…罪深いのは誰か、これで分かった様だな。さあ臓物吐き散らす準備はいいか?」

「カイン! 種族間抗争収めるのは大変なんだから止めて!」


カッとカインに大声で諌めると、ルナは人狼にゆっくりと問いかけた。


「貴方、名前は?」


膝に両手をつき、視線を下げて彼を覗き込む。オリーブの瞳がこちらを捉えた。やがて彼の口が静かに開かれる。


「セイル。セイル・ヴォルディ。お前はルナというのか」

「ルナ・コンジョウよ、まあでもこういう事をするという事は、それなりの覚悟を持っての事なのでしょうね? よしんば私が今回の件を黙っていたとしてもいずれ王には知れるわ、王の情報網は計り知れないもの。そうでしょう?」


ルナが問いただすと、人狼―セイルはああ、そうだ、と静かに肯定した。言いながら顔や腕から体毛が消え、姿がゆっくりと元に戻り始めている。


「我が主は人狼であろうとも様々な種族との繋がりをお持ちだ。情報は命だというあの方は長き時の中、人狼以外の種族とも交流を持ち、情報を仕入れている。俺のこの行いも追って王に沙汰が知れるだろう。だが、後悔はしていない。それくらいの覚悟を持って行動したのだから」


すっかり人間のそれに戻った顔を右手でつるりと撫で、そしてルナの前に跪くと、セイルはそのアッシュブラウンの髪を揺らし、緩やかに頭を垂れた。


「王が下した判断を疑った俺の失態だ。ルナ、貴女には俺にそれなりの罰を与える資格がある。暴力でも良い。あるいはー死を以てでも償おう。さあ俺に罰を」

「…私をそっちの世界に引き込むのは止めて頂戴セイル。別にもう怒ってなんかいないわよ、今回みたいな事は少なからず想定の範囲だったし、対策のお陰で避けられたもの。貴方の処分は王に委ねるわ。王―ヴィネに伝えて頂戴。命と身体の四肢まで奪わない様に、それだけよ」


セイルは思わず、といった感じで顔を上げ、目を丸くしていた。目がきぃ、と獣の目のように細くなる。


「…いいのか」

「良いも何も、貴方を殴る理由も殺す理由をチープよ、私から言わせれば。この時代、誰が誰を襲っても不思議じゃないわ。ましてや貴方の場合、主を思っての行動だもの。さあ、行って。この隣のヴァンパイアが貴方の首を跳ね飛ばさないうちにね」

「ルナ!?」


今度はカインが酷く驚いてこちらを向いた。さらっと受け流してそのままセイルを促す。


「さあ、行きなさい。そして今日の覚悟を、今度は別の所で使って頂戴」

「…感謝する」


シュッ! 風音がした瞬間、セイルは隣の5階建ての工業ビルに飛び乗っていた。よくよく見れば脚だけはまだ人狼のままだ。彼はビルの上からこちらを見下ろしたまま、ふ、と吐息の様な笑みを零した。


「……貴女になら、殺されても惜しくはないだろうと、今思った」


瞬きを一つした瞬間じゃあな、と一言残して、セイルはその場から姿を消していた。



セイル・ヴォルディ。人狼青年です。髪型もそれでウルフカットっぽいとか言う設定は修正時点で思いついたのでほぼ無意識でした。関係させようとか思ってなかった。文章がまだまだなのでまた修正します…

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