お金が欲しかったA氏
小さな頃からお金が欲しくて欲しくてたまらない人がいました。仮にその人をA氏とでも呼んでおきましょうか。
A氏。子供時代は、貰ったお小遣いを全部と貯金箱に詰め込んでは、毎年の誕生日プレゼントにパンパンになった貯金箱の代わりに新しい貯金箱をねだるのでした。
A氏の貯金箱が、二十個目が一杯になった頃でした。
A氏は大学で必死に勉学を重ね、誰もが知る一流企業に就職しました。
ある日、同僚だったG氏が、仕事帰りに一杯どうかと飲みに誘ってきました。
A氏は、その誘いをやんわりと断りました。
「あんな酒なんてものを一度飲んだりしたら、次がまた欲しくなって、美味くもないのに手を出してしまうようになる。あんな金食い虫に誰がお金を使うもんか。あんなもので酔っぱらいたい奴の気がしれない」
似た理由で、A氏は煙草も嗜むことは決してありませんでした。
そんなことで、社員と付き合いの悪かったA氏ですが、周りからどんな嫌な仕事も進んで引き受けた。その真面目な仕事ぶりのお陰で、A氏の出世は早まって若い歳の割に、高い地位をかくりつしていきました。
彼の貯金箱が百個を埋めたときでした。
「ねぇ、よかったら今度食事しない?」
職場の仲間のT氏から、食事の誘いがありました。A氏はT氏を傷つけないようにして断りました。
A氏はお金のかかる外食なんて物は、一切行ったことなどありませんでした。勿論A氏はそんなところ行く気など毛ほども有りません。
彼は美味しくて高いご飯には手を出さず、不味くて安い食べ物で満足していました。。
そこから、彼の預金通帳の残高に0が三つほど増えた時の事です。
その日、A氏は社長室に呼びだされました。
「大事な要件とはなんでしょうか?」
自分のことながら、A氏は会社への貢献ぶりに自信がありました。会社にとって、迷惑をかけたことなど一つも心当たりのないA氏は呼び出された理由が分かりません。
「実は、私の娘が君を気に入っていてね。私も、君の勤勉ぶりは聞き及んでいる。そんな君になら娘を託してもいい、それなりの席も用意して置くのだがどうだね?」
男にとって、これは願ったり適ったりの条件でした。
「ごめんなさい」
が、しかし。男が誘いに応じませんでした。
男にとって結婚など、扶養の負担が増えてましてや子供なんてできようものなら、お金のが泡銭になって消えていくことに、素直にハイとは頷けないのでした。
「そうか……分かった。お互いが納得できなければいいことはないからな」
社長は良い人で、しかも彼の会社への貢献っぷりや忠誠度もよく聞いていたので、A氏のその後の扱いを悪いようにはしませんでした。
A氏は順調に出世コースを歩んでいきとうとう自力で社長の椅子までこぎつけました。
その後のA氏は、どうすればお金を稼げるのかを必死で考え、様々なアイディアを出して利益を上げました。その甲斐あってか、会社はぐんぐんと成長し、市場一部企業のトップになることが出来ました。
それから何年も経ち、A氏が日本長者番付にランクインした頃の事です。
髪にはすっかり白が入り、頬は痩せこけ、身体はやせ衰え、心なしかヨレているA氏の姿がそこにはありました。
何年も仕事で頑張り続けた体は、ツケを払ってボロボロでした。
とうとう体調を悪くし、次第に衰弱していきました。そんな時でもA氏は治療費をケチって治療器具も満足にない、安い病院に入りました。
勿論それでは……必ずとは言いませんが、良くなるはずがなく、A氏はとうとう息を引き取りました。
彼の生涯がはたして幸せだったのかはだれにも分かりません。
ただ、彼が死ぬ間際までどう思っていたのか、よく分かる一言を残していました。
彼は、いつも点滴をうつ時にこう言っていたそうです。
「また、もったいないことを」と。
この作品テーマは「お金の亡者怖い」と「お金は人生を豊かにするために使うもの」というものでした。