体育用具室
「要は、その幽霊が斎藤あかねでない事を、証明すればいいわけだ」
大崎の一言から、探偵倶楽部の無謀とも取れる挑戦が始まった。
果たしてそんなことが可能なのだろうか?
体育用具室は、体育館ステージの両隣にある。演劇部があった当時は舞台袖として使われた。今回幽霊が現れたのは、ステージ正面左側の部屋。右側の体育用具室は断然広く、ほとんどの用具はこちら側に収納されている。
問題の左側の部屋は、奥行はあるが横幅が狭い。使い勝手が悪いことから、滅多に使わない用具が並んでいるといった印象だ。
大崎達は体育館に到着すると、用具室の扉の前に立った。
「かごめくん。扉が開いているが、いつもこんな感じか?」
「はい。この用具室には窓がなく、極端に暗いため、ほぼ常に開放されています」
「なあ、大崎。なんで俺まで付き合わにゃならんのだ?」
「いいじゃないか小谷、どうせ帰ったところでテスト勉強もないだろ? 君が赤点なのはわかりきってる」
「勝手に決めんな!」
「今は小谷の記憶だけが頼りなんだ。元はと言えば、君が持って来たネタだろう。責任を取れ」
「ったく。俺が頼りか? しょうがねえな。わかったよ。で? 何から始める?」
「まずは、若林との経緯を話してくれ。幽霊に遭遇するまで、なるべく事細く頼む」
小谷の話はこうだった。
新聞部の若林が、ミステリー研究会の小谷に相談に来たのは、一週間程前のこと。若林は、最近噂の幽霊を、ぜひ記事にしたいと言いだした。若林とは趣味の関係で、知らぬ仲ではない。小谷は快く引き受けることにする。
三日後、さっそく体育用具室に、新聞部の連中と入ったものの幽霊は現れなかった。次の日も現れることはなく、三度目の正直。今日現れなければ、もう諦めようと思っていた。幾度かの失敗を教訓に、ステージ入口の幕を下ろし、室内を真っ暗闇にした。
人数が多いと幽霊は出てこないかも知れない。そこで少人数で待つことにする。そしてついに幽霊が現れ、写真に収めるに成功した―――。
大崎は顎に手を当て、体育用具室の入口から室内を眺めていた。
「うむ……。再現しよう。この室内に入ったのは何人だ」
「俺と若林、それと新聞部員二年の沖田で三人だ」
「外には何人の部員が残った?」
「確か三人だ」
「他に部外者は?」
「いなかったはずだ」
「かごめくん。新聞部の部員数は?」
大崎に尋ねられ、かごめは手帳を取り出した。
「三年若林、岡田。二年沖田、クリスエリザベータ。一年向井の、現在五名です」
「なるほど……。では僕が若林、かごめくんが新聞部の沖田。さっそく入ろうか」
大崎はそう言って室内に入る。
「小谷、写真を見せてくれ」
言われて小谷は、大崎に写真を手渡した。
「幽霊が現れたのは、この壁か……」
ステージ側と対面する、入口にほど近い跳び箱の上を大崎は見上げた。
「小谷、ステージ入口を膜で塞いでくれ」
「お、おう。人使いの荒い野郎だぜ」
小谷はブツブツ言いながら、室内奥から登る階段を駆け上ると、入口の幕を閉めた。小谷はまた階段を降りて、階段上り口近くに立つ。
「確か俺はこの辺りにいたはずだ」
「あのう。私はどの辺りにいればいいのでしょうか?」
「若林の後ろだった気がする。若林は最後に入って扉を閉めた後、電気を消した。若林は入口からほとんど動いてないはずだ」
「では、かごめくんは僕の後ろに。電気を消すぞ」
大崎は入口付近にあるスイッチを押した。蛍光灯の明かりが消え、室内が真っ暗になる。用具室特有の匂いが鼻に付いた。湿度が高いのか、まとわりつくような空気感がある。次第に暗がりに目が慣れ始めると、物の輪郭が朧げながら見え始めた。
「これだけ暗いと、何も見えないな。小谷、幽霊が現れたのは電気を消してどのくらいだ?」
「そうだな。五分くらいか」
「最初に幽霊に気づいたのは?」
「沖田だ。出たー!? とか。ギャー!? とか言ってたと思う。転んだような音がしたから、尻餅をついたんだろうな」
「かごめくん、後方に下がって座ってくれ」
「はい」
後方と言ってもステージ階段側面がある。かごめはその場にしゃがみこんだ。
「そこで俺も、天井付近にいる幽霊に気がついた。シャッター音が聞こえたから、若林は必死で写真を撮ってたんだろう」
「幽霊の動きは? 襲って来たり、声を上げたりはしたか?」
「そんな事はないが。消えたり現れたり。左右に移動したり。ぼやけたかと思うと、急にはっきり見えたり」
「移動した?」
「ああ」
「幽霊が見えたトータル時間はどれくらいだ?」
「写真を撮ったら消えちまったから、二、三分てところか」
「その後幽霊は現れなかったのか?」
「しばらく待ったが、出てこなかったな。ところで大崎。淡々と話してるが、お前幽霊が怖くないのか? 今まさに現れたっておかしくないんだぞ?」
「怖くないこともないが、僕は幽霊を信じていない」
大崎はそう言うと電気のスイッチを入れた。
「お前が霊を見たことがないだけだろ? 幽霊ってやつは本当に――」
「待て、小谷。幽霊がいるいないで、今君と議論するつもりはない」
大崎はメジャーを引き伸ばし室内を測りだした。
「階段側面から壁までの室内横幅は約三メートルか。かごめくんメジャーの先を持ってくれないか?」
「わかりました」
大崎は跳び箱の上に上がると、天井までの高さを測った。
「二メートル三十センチ……。とすると、幽霊はせいぜい三十センチ前後。思ったより小さいな」
「幽霊に身長なんて関係あるのか?」
「写真かパネルだった可能性もある」
「幽霊は本物だ。俺がそんなものを見間違える程、馬鹿だと思ってるのか?」
「信じてる君にこんなことは言いたくないが、僕はこの幽霊。新聞部の捏造だと思ってる」
「ねつぞう?」
「大崎部長は、幽霊が何かしらのトリックを使ったものだと、言いたいわけですか?」
「そうだ、かごめくん。昨日、一昨日と現れなかった幽霊が、なぜ今日に限って現れたのか? しかも用具室に入ってすぐに。タイミングが良すぎるとは思わないか?」
それを聞いて小谷が抗議した。
「幽霊ってヤツは、何時何処に現れるかなんてわからない。そういうものだろ?」
「確かにその通りだ。幽霊は不確定要素が強い。だからこそ疑う余地がある」
「幽霊がトリック……。だとしたら、あかね先輩どころか幽霊そのものが嘘になりますね!」
「かごめくん。釘、画鋲、傷跡なんでもいい。仕掛けに使われた疑いのあるものを探し出してくれ」
「わかりました! 私は、用具室の奥の方を探してみます」
そう言うとかごめは、ポケットからペンライトとルーペを取り出し、室内の奥へと進んで行った。
「大崎。お前が幽霊を信じないのは勝手だが、これはトリックなんかじゃねえ」
「証明すると言った以上、簡単に諦めるわけにはいかない。お前が霊能力者でも連れてくると言うなら話は別だが、今やれることをやるだけだ」
「かごめちんのためか? いつもは冷静なお前が、考え無しにあんな事言うからだ」
大崎は何も答えず、壁方向の床を探った。小谷はかごめが奥に居るのを確認すると、大崎に尋ねた。
「お前に一つ、聞いておきたいことがある」
大崎が振り返るとそこには、何時になく真剣な小谷の顔があった。