無謀な挑戦
「やめてください!?」
かごめの空気を引き裂くような叫び声に、大崎と小谷の体が一瞬にして硬直した。
「かごめくん?」
「小谷さんに、新聞部の人達に、あかね先輩の何がわかるんですか?」
かごめは目に涙を浮かべながら、小谷にキリリとした目線を送った。
「あかね先輩の事は、中学時代から知っています。少しガサツなところはあったけど、いつも優しくて、頼もしい先輩でした。私がこの学園に入ったのも、あかね先輩に憧れたからです。その先輩が死んでしまったなんて、今でも信じられない。写真の霊は、あかね先輩なんかじゃありません。どうしてそんな姿で迷いでなければいけないんですか? もっと生きれたはずなのに、生きたかったはずなのに、不幸にも死んでしまった人の事を、面白おかしく見出しにするなんて……。どうしてそんなひどいことができるんですか?」
かごめは言葉を吐き出すと、力なく椅子に掛け、瞳にあふれる涙を指先で抑えた。
「だから終わりにしろと言っただろ? うちの部員を泣かせるなよ」
大崎が小声で、小谷に耳打ちした。
「俺の、せいなのか?」
「結局、失恋ではなかったわけだが……」
「なんの話だ?」
「それより僕は、斎藤あかねという生徒の事を、よく覚えていない。小谷は知っているか?」
「ああ、スポーツ万能で勝気な性格、清楚とか可憐とはかけ離れたイメージだな。元木智也と、付き合ってたはずだ」
「元木? 誰だ?」
「おい、同じクラスのヤツの事を、本気で聞いてくるか? お前は昔から、自分の興味の無いことに対しては、ほんとに無知で無関心だよな」
小谷は呆れたとばかりに首を振った。
「私、新聞部に抗議にいきます!」
かごめはそう言うと、決心を固めた様子で椅子から立ち上がった。
「行くだけ無駄だと思うぜ」
「どうしてですか?」
「新聞部にとってこの写真は、今後あるかないかの得ダネだ。良心に訴えたところで、簡単に諦めるとは思えないね」
「それではせめて、あかね先輩の名前だけでも出さないように交渉してきます」
「それも無駄なことだ。たとえ名前を出さなくたって、記事を見たヤツは一ヶ月前に死んだ斎藤あかねを連想するだろ? ここに気づかない馬鹿が一人いるが、普通はそう考える。自然なことなんだ。それを止めるのは難しい」
「それでは小谷さんは、このまま私に、泣き寝入りしろって言うんですか?」
「落ち着け、かごめくん」
黙って二人のやり取りを聞いていた大崎が、ようやく口を開いた。
「大崎部長も、無駄なことだと思いますか? 明日にも記事になるんですよ? あかね先輩がさらし者にされるのに、私にこのまま黙って見てろって言うんですか?」
それでも諦めきれないといったふうに、かごめは大崎に意見を求めた。
「そうは言っていない。小谷も、正面からぶつかったところで難しいと言っているだけだ」
大崎はホワイトボードの前に立つと、マジックを手に取った。
「いつでも正論が通るとは限らない。交渉事は、相手に有利な条件を提示してこそ成り立つ。誰だって負い目がない限り、不利な条件では首を縦には振らないだろう? 大事な事は、敵を知ることだ。かごめくん、新聞部部長、若林の情報をくれないか?」
「はい。わかりました」
すぐさまかごめは、先ほど閉じた手帳をもう一度開く。
「新聞部部長三年、若林光一身長百七十二センチ、体重五十八キロ。常田中学出身。性格は高慢で、プライドが高く人使いが荒い。完璧主義でキレやすい。趣味は新聞を読み漁ること、と言うのは表向きで、実際一番力を入れているのは、ドレミちゃんのフィギャア収集。最近では集めるに飽き足らず、制作も手がける。以上です」
「なるほど、高慢でプライドが高いか……。まずいな」
「なにがだ?」
「僕とキャラがカブる。今のうちに、消しておくべき相手かも知れない」
「なんじゃそりゃ」
「僕にとっては重要なことだ」
「それを言うならドレミちゃん収集は、俺の方が上だ。LOVEのレベルが一桁違う。あいつは、俺に言わせればまだまだ甘い。入口に入ったばかりのひよっこだ!?にわかだ!?」
「まさか、かごめくんの若林に関する情報源は小谷か?」
「だったらなんだ?」
「……まあ、いい。この情報から使えるものは……」
「やっぱりフィギャアか? おい、いくらかごめちんの頼みでも、俺の限定フィギャアはだめだぞ。一晩並んでようやく手に入れた代物なんだからな」
「もういい」
「おかげでドブに落ちるわ、、財布は落とすわ、風邪はひくわで俺がどんなに苦労したことか。おまけに―――」
「このアホは放っておこう。かごめくん。やはり正攻法では厳しそうだな」
「そうですか……」
かごめはそう言って肩を落とした。
「だが、まだ方法が無いわけではない」
「え? あるんですか?」
「交渉事が、僕らの本分ではないだろう? 要は、幽霊が斎藤あかねでないことを証明すればいいわけだ。忘れたのか? 僕らはこの学園が誇る、探偵倶楽部だ」
「私達のやり方で……。そうですよね。私たちが探偵倶楽部だということを、すっかり忘れてました!」
「え?」
「行きましょう部長! そうと決まれば、体育用具室にレッツゴ―!?」
高々と拳を上げるかごめを見て、小谷は大崎を部室の隅にうながした。
「大崎ちょっと来い」
「どうした?」
「どうするつもりだ? あんな事言って、勝算はあるのか?」
「いや、君が実際見てる霊を否定するのは、簡単なことではないだろうな」
「馬鹿かお前! それがわかってるんだったら証明するとか言うなよ。かごめちんがまた落ち込んでも知らねえぞ!」
「かまわないさ。かごめくんが元気を取り戻したんだ。今はそれで、良しとしようじゃないか」
そう言って大崎は微笑むと、小谷の肩をポンッと叩いた。