あなたは幽霊を信じますか?
「私が何を言っても、元木先輩は相手にしてくれません。幽霊は、新聞部のトリックで、すべて嘘だったと、若林さんの口から、説明してあげてください。お願いします」
それで元木が救われるとは、かごめも思っていない。しかし、少しでも早く立ち直って欲しい。かごめは若林に、深く頭を下げる他なかった―――。
体育用具室で元木智也は、あかねの霊をいつまでも待っていた。暗い用具室で元木は一人、どんな思いでいたのだろうか? そう考えただけでかごめの胸は、苦しくなるのだった。
若林は元木に、事のすべてを話すと、頭を下げた。
「俺は、お前に悪いことをした。お前がそこまで追い詰められていたなんて、思いもしなかった」
元木は若林の謝罪を受けると、その場に膝をついた。
「そうか……。嘘だったのか。期待しちまった……」
「すまない元木」
「つまり俺は……あかねに会うチャンスを、失ったってことか……」
「元木……」
元木は額を手で抑えた。かごめは元木に近づくと、静かに声をかけた。
「あかね先輩が亡くなったなんて、私も信じられない。でも、あかね先輩はもう―――」
「わかってる。痛いほどわかってるんだ、沢村。あかねは、あの日死んだ。あかねは、俺の事を、恨んでる……」
「え?」
元木はそう言うと、静かに目を閉じた。
「あの日、あかねは俺に、一緒に帰ろうと行った。でも俺は、用事があるからと断った。あかねは一人で帰ったよ。その帰り道……車に轢かれた」
元木の閉じた目から、涙がこぼれた。
「即死だった」
かごめは口と鼻を、両手で覆った。
「白黒の写真に写ったあかねの顔が、俺には泣いてるように見えた。なんでもない、どうでもいいような些細な用事だった!……なのに俺は……。後悔してる……ずっとあの日から、ずっと後悔してる。あかねは、一緒に帰ってやらなかった俺の事を、きっと恨んでる……」
「そんな事―――!」
何か言おうとしたかごめを、大崎は肩に手をかけて止めた。今の元木には、何を言おうと慰めにはならない。元木を救うことは出来ない。手を離すと大崎は、黙って首を横にふった。かごめが思っていた以上に、現実は残酷だった―――。
「俺が一緒に帰ってさえいれば、きっと救えた。あかねは死なずに済んだかも知れない。俺はあかねに謝りたかった。もう会えなくなるなんて……これっぽっちも思わなかった。お前が死ねなんて……思ってなかった!」
元木は、床に伏せすすり泣いた。
「すまない……あの時、あかねと一緒に帰ってやるべきだった。すまない……あかね、俺を許してくれ。頼むから……許してくれ、あかね……あかね……すまない……すまない……」
時が止まったような暗い用具室の中で、何度も謝る元木の言葉と、嗚咽だけが聞こえていた。
「うっ……痛い」
そんな中、急にかごめが、頭の痛みを訴え出した。
「痛い……頭が……痛い」
ただならぬ自体を感じた大崎が、今にも倒れそうなかごめの肩を支えた。
「どうした? おい、かごめくん!」
かごめは苦しそうに頭を抱える。
「かごめちん!」
驚いた小谷も、かごめに声を掛けた。
「痛い……頭が、割れそう……」
突然の出来事に、皆が何事かと心配し始める。
「保健室に行こう。かごめくん、歩けるか?」
大崎はかごめに肩を貸そうと、かごめの腕を取った。その直後、かごめは目を見開いた。
「離せ」
「え?」
「気安く触るな。変態野郎」
「へ? へんたい?」
大崎は反射的に、かごめから手を離した。
痛がっていたかごめとは打って変わり、しっかりと地に足が付いている。かごめは、呆然とする元木の前に、仁王立ちした。
「智也。あんたのそういうとこ、いい加減うざいよ」
「……沢村?」
あからさまな変貌ぶりに、元木は唖然としてかごめを見上げた。
「私が死んだのは、智也のせいじゃない。だから、恨んでもいない」
姿形はかごめだが、表情と雰囲気は、明らかに違って見えた。
「あかね……なのか?」
「でも……私のために泣いてくれて、うれしかった」
かごめの目から、一粒の涙がこぼれ落ちた。
「あかね……」
「ありがとう……智也……」
「あかね!」
元木があかねの名前を叫ぶと、かごめの膝がガクっと折れた。床にかごめの体が落ちる寸前、咄嗟に大崎がその体を抱き留めた。
「かごめくん!」
かごめはそのまま気を失い、保健室へと運ばれたのだった。
一時間後に保健室で目を覚ましたかごめは、その時の出来事を全く覚えていないと語った。あれは、斎藤あかねの最後のメッセージだったのだろうか。それとも、かごめの潜在意識のなせる技だったのか。その場に居た者たちにもわからない。
そしてその謎は、大崎レイをもってしても解くことは叶わなかった。
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