憧れの先輩
今から一年前のとある放課後―――。
野球部の掛け声と共に、金属バットの甲高い音が響いた。かごめは野球部の練習風景を、グランドの丘の上で一人座って眺めていた。一つため息を付き、顔を上げては、またため息を付く。そんな事を、何度か繰り返していた。
「かごめ。何たそがれてんの?」
かごめが振り向くと、そこには斎藤あかねが、笑顔で立っていた。
「あかね先輩」
あかねはかごめの隣に座ると、一緒に野球部を眺めた。
「暗い顔してる。なんか悩み事?」
かごめは、あかねに尋ねられ、またまたため息を付いた。
「今日、大崎部長にちょっと言われて、なんだか悲しくなって、泣いちゃったんです。明日、どんな顔して部室に行けばいいのかなって、考えちゃって……」
「かごめ。あんたまだ、探偵倶楽部やめてなかったんだ?」
「はい……」
「大崎の奴、私の可愛いかごめを泣かせるなて許せない。ちょっと一言行ってくる」
そう言って立ち上がろうとしたあかねを、かごめは慌てて抑えた。
「違うんです先輩。大崎部長は、私の事を気遣って言ってくれたんだと思います」
「そうなの? 前からかごめに聞きたかったんだけど……探偵倶楽部の大崎って、変態なんでしょ?」
「部長は、変態なんかじゃありません! ちょっと不器用と言うか、世間知らずなだけで……本当は、頭が良くてとっても優しい人です……たぶん、ですけど」
かごめの反応を見て、あかねがプッと吹き出した。
「ハハハハッ。わっかりやすう! かごめってほんと可愛い」
あかねはそう言うと、かごめに抱きついてきた。
「もう! からかわないでください!」
「ごめんごめん。そっか……あんなにおこちゃまだったかごめも、いつの間にか恋をする年頃になったか……」
「私はあかね先輩が思ってる程、子供じゃありません」
かごめはそう言ってむくれた。
「私は、あかね先輩が羨ましいです」
「え? どうして?」
「だってあかね先輩は、言いたいことが言えるっていうか、自分を上手く表現できてるじゃないですか。私みたいに、ウジウジしてないし……」
あかねは、かごめに褒められたにも関わらず、少し寂しそうな顔をした。
「よく言われるんだよね、それ。でも全然そんなことなくて、言いたいことの半分も言えてない。本当に伝えたいことは、なかなか伝わらない。人に正確に何かを伝えるって、そんな簡単な事じゃないんだよ」
「……」
「私って、こんな性格でしょ? 考えなしって言うか。妙に意地っぱりなとこあるし、かごめが思うほど、素直じゃない。後で後悔するようなこと言って、智也を傷つけることも、あるしさ……」
「それでも元木先輩とは、上手くいってるじゃないですか」
「それは智也が大人ってだけで、智也じゃなかったら、私なんてとっくの昔に振られてる」
「そんな……」
「私はかごめが羨ましい。好きな人の前で、素直に泣けるかごめの方が、私よりずっと正直に、生きてると思う」
「……」
「明日は、笑顔で行きなよ。かごめは、もっとずるくて良いと思う」
「ずるい?」
首を傾げるかごめの隣で、あかねは遠い目をした。
「ねえ、かごめ。相手が大崎でなくてもいいから、結婚式には呼んでよね」
「え? いきなり何言ってるんですか?」
「私も呼ぶからさ。かごめのウエディングドレス姿、可愛いだろうな。早く見たいな……」
「あかね先輩……」
「あ、さっきの話、智也には内緒ね。あいつ細かいこと、気にするとこあるからさ」
あかねはそう言うと、かごめにウィンクしてみせた。
「俺がどうかしたか?」
二人が振り向くと、丘の上に元木智也が立っていた。
「どうせ沢村に、俺の悪口でも言ってたんだろう?」
「そんなんじゃないわよ」
「まあ、いいけどさ。帰るぞ、あかね」
「じゃあまたね。かごめ」
あかねはお尻についた砂埃を払うと、元木の隣にピタリと付いた。
「智也、バイト代入ったんでしょ? 帰りになんかおごってよ」
「そうだな。たまにはおごってやるか」
「ほんと? やったぁ!」
かごめは校門に向かう二人を、姿が見えなくなるまで見送った。その時のかごめには、二人がとても羨ましく、眩しく見えたのだった―――。・
次回でラスト。よろしければご意見ご感想お待ちしております。




