宙吊り幽霊の怪
あなたは幽霊の存在を、信じますか?
テスト前日ということもあり、学園に残っている生徒は多くない。いつも聞こえる部活動をする生徒の掛け声や笑い声は、今日は聞こえない。探偵倶楽部部員の二人も、いつものように部室で好き勝手やっているわけだが、どこかぎこちない。そんな静かな放課後だった。
沢村かごめ(さわむら かごめ)は教科書から目を離すと、探偵倶楽部部長大崎レイ(おおさきれい)を、チラリと覗き見た。大崎はと言えば、何やらカチャカチャと針金と悪戦苦闘しているようだ。
「部長は先程から、何をしているんですか?」
「知恵の輪を作っている。誰も外せない知恵の輪を作ろうとしているんだが、これがなかなか難しい」
「テスト前日に知恵の輪ですか? ……それってそんなに楽しいですか?」
「え?」
かごめとしては何気なく言ったつもりだったが、大崎はことの他驚ろいたように目を見張った。
「す、すみません。私……今、失礼なこと、言いましたよね?」
「いや、いいんだ。以前のかごめくんは、僕に自分の疑問を素直にぶつけて来た。それでこそ、かごめくんとだ思う。だから、気にしないでくれ」
「以前の私? そうですよね。近頃の私は暗かったですよね……。いつまでもこんなんじゃだめだって、わかってはいるんです。でも、思い出すと辛くて、涙が出るんです」
「人は辛いことを忘れることが出来る。それは楽に生きるための、自己防衛本能と言っていい。なんでも経験だ。そんな人生の一コマで、絶望してはキリが無い。たかが、しっ……。し、失恋……」
「え?」
「し……しつれ、しつ。おさきにしつれい(大崎レイ)! なんちゃって! ナハハハハッ……ハッ。……つまらなかったよね。……ごめん。忘れてくれ」
大崎のしょんぼりした顔を見て、かごめは思わずプッと吹きだした。
「キャハハッおっかしい! まさか部長がそんなギャグ言うなんて! イメージなさすぎですう! はらわたよじれるう」
お腹を抱えて笑うかごめを見て、大崎は少し安堵した。
「そんなにおかしかったか? ハハッ。そうだそんな時は、思い切り笑ったほうが絶対にいい」
「私、自分の事ばかりで、気が付きませんでした。部長が、そこまで私の事を気づかってくれていたなんて」
「あ、いや。当然だろう。……もし、君が居なくなったら……。この部室には、僕しか残らない」
「私が来なくなったら、大崎部長は寂しいですか?」
「え?」
あまりにもストレートな質問。そして、かごめの真剣な眼差しに、大崎は戸惑わずにはいられなかった―――。
「大崎!? いるか!?」
突然部室の扉が開け放たれた。扉が壊れるのではないかと言わんばかりの音だった。
「小谷! ノックくらいしたらどうだ!?」
大崎は顔をしかめて、入っきた人物を睨みつける。
「かごめくんがびっくりするだろ」
目を見開くかごめを見て、ミステリー研究会部長、小谷佳祐は豪快に頭かいた。
「いやあ、わるいわるい。しかし、新しい部室を貰ったとは聞いてたが、なかなかいい部屋じゃないか。良すぎるくらいだ。大崎お前、生徒会長にどんなコネを使ったんだ?」
「人聞きの悪いことを言わないでくれ」
小谷はつかつかと、知らんぷりして勉強をしているかごめに近寄った。
「よう、かごめちん。ミス研はいつでも君を歓迎するぜ。趣味は知恵の輪作りです、なんて言ってる根暗なヤツと一緒に居たって、君のプラスにはならないだろ? 俺の所に来れば、君はもっと成長出来る!」
「うるさいやつだ。小谷、ウチの部員を堂々と勧誘するのはやめてくれ。今日は何をしに来た?」
「ああ、そうだった。今年最大、いやミステリー研究会発足以来、最大のスクープを持って来た。見ろよ俺の手を、まだ震えてる」
小谷は興奮冷めやらずといった様子で、大崎に自分の手の平を見せる。
「スクープ? どんなスクープだ?」
「聞きたいか?」
「そうやって要点を言わずに話を伸ばすのは、君の悪い癖だ。ただでさえ予定より話が遠回りしてると言うのに、文字数だって」
「それは序盤から、お前らが不純異性交遊なんてしてるからだろ」
「ちげーし!? してねーし、やってねーし!? してねーから、やってねーし!」
「悪かったよ。学園七不思議の一つ、体育館ステージに現れる女の霊。お前も聞いた事があるだろ?」
「詳しくは知らないな。かごめくん、教えてくれるかい?」
「はい。少しお待ちを」
そう言うとかごめは、手帳を取り出し素早くめくる。
「学園七不思議の一つ、ステージの女。大昔、演劇部女子がステージで練習中に、照明機具の落下事故により死亡。それ以来、夕方のステージに、宙吊りになった女生徒の霊が現れる、といったところです。それから……。いえ、以上です」
何か言いかけたかごめの表情を、大崎は見逃さなかった。