<探偵と調査>
彼らのマンションはこざっぱりとした5階建てで、二人は3階に住んでいた。ジョナが見ても普通じゃないセキュリティのドアを開けると、中はフローリングで普通の部屋だった。探偵の部屋ということでどことなく事務所っぽいのだろうと想像していたのだが、そんな要素は全くなく、右はカウンター付きのダイニングキッチン、左には洗面所や風呂、トイレ、突き当たりはアイボリーの絨毯が敷かれ、絨毯と同じ色のソファがあるリビングのようだった。
ジョナはこういったマンションの部屋に来るのが初めてだったので、自分の家とは違う間取りを物珍しそうに眺めていた。
リビングは正面に大きな窓があって、薄手のカーテンが掛かっているけれども明るい。部屋の中心に低めのガラステーブルを囲むコの字型にソファが置かれ、ソファのない一角にはテレビがあった。窓際の端には大きめの鉢が置いてあり、ジョナは名前を知らないが、昆布のような葉の長い植物が植えられていた。これは月下美人という日本名が気に入ってソナタが買って来たものだったが、結局世話がめんどくさくてほったらかし、ディーが代わりに世話しているというものである。ちなみに、まだ一度もその花を見たことはない。
とても男二人が住んでいる場所とは思えないほど全体的にきれいに片付けられていた。
「適当に座ってください」
ソナタがソファを促すと、左にあるドアの中に入る。
ジョナが言われるままに、大きな窓を正面にする二人掛けのソファに座ると、ディーはテレビの対面になる一人掛けに腰を下ろした。
すぐにソナタが何か書類のような物を持ってやってきて、ジョナの向かいに座りながらその紙をジョナの方に向けて、ペンと一緒にテーブルの上に差し出した。
「じゃ、約束どおり誓約書を書いてもらいます。あと、こっちは依頼書です。ここの所、記入してください。あと、依頼するにあたっての規約が書いてありますから、きちんと読んでくださいね。それに同意できないなら依頼は受けられません。同意し、指定の口座にそこに書いてある金額が振り込まれたのを確認したら、調査を開始します」
「わ、分かった」
ジョナは緊張した面持ちで書面を一生懸命読み、書く所は間違えないように記入している。 ディーはそんなジョナの様子を見ながら、子供相手にここまできっちりしなくてもいいのに、と思った。確かにこれが通常の手順だが、状況によっては金が先に振り込まれていることもあるし、依頼書なんて書かなくてもその場の口約束だけで依頼したことになる場合もある。 あまり言うとソナタが機嫌を損ねることは目に見えてるので言わないが。
ソナタにもソナタなりの思惑があるのだろう。あまり事が簡単に運んでも、ジョナが今後こういったことを軽く見て良からぬ人間に引っかからないとも限らない。こういう世界には常に裏があって厳しい世界なのだと思わせておいた方が彼女のためだという、ソナタなりの気遣いなのかもしれない。
ジョナは何度か見直し、間違いがないと確認する。規約の方も読んだが、理不尽なことは何も書いてなかった。前払いの金額もソナタはビタ一文すらまける気がなかったようだが、ジョナの自由にできる貯金で何とかなりそうだ。ジョナの両親は子供に何でも欲しがれば買い与える親ではなかったが、こづかいは一般的なそれより多かった。しかしジョナは必要な物にしかお金を使ってこなかったので、貯金は小学生にしてはそれなりに貯まっていた。それが今役に立つ。今まで無駄遣いをしないでよかった、と心から思った。
ナビで振り込みを済ませる。
「振り込んだわ」
依頼書をソナタに見せる。ソナタがそれを受け取り、彼もナビで口座を確認、依頼書にも目を通し、それから小さくうなずいた。
「いいでしょう。これで私達はあなたの依頼を正式に受けることになりました」
ホッとしてから、
「誓約書はどう書けばいいの?」
「そうですね、まず、私達はあなたに何も強制してない、ということですね。あなたの依頼で仕事をしているに過ぎず、あなたは身の安全のために私達の言う事を聞く。私達はあなたに暴行や虐待、法に触れることは何もしていないということも付け加えてもらいましょうか」
「分かった」
ジョナはその通りに紙に書き、最後に自分の名前を記した。
「これでいい?」
「いいでしょう」
ソナタはそれを持って立ち上がり、
「さっそく調査を開始します。私はまず警察の捜査から『オートマタン誘拐事件』を調べてみます」
「そうか。じゃあオレは『陰陽門』から他の情報がないかあたってみる」
ディーも立ち上がり、それぞれ自室のドアの中へと入って行った。ソナタが入りしな、
「あ、暇だったらテレビでも見てていいですから」
と言って、ドアを閉めた。
ディーは一旦入ってからまた出て来て、何冊かコミック本をジョナに渡す。
「これ旧世紀の日本の漫画本なんだ。この形で残ってるの珍しいんだぜ。結構面白いから読んでみろ」
ちょっと自慢げな笑みを見せてから、また部屋へと戻った。
ジョナの手元には紙の色が変色し何度も読んだため若干紙の端がヨレている漫画本が残され、今のアニメとは違う、目がやたらと大きくて体に比べて手足の長い、麦藁帽子をかぶった少年が表紙で笑っていた。
二、三十分した頃だろうか、ディーの部屋のドアがノックされ、
「ディーさん、今タエさんからあの喫茶店にもうすぐ着くって連絡あったから、ちょっと行って来るね」
とジョナの声がした。
ディーは電脳での調べ物の手を止め、ドアを開ける。
「ソナタさんにも一応声かけたんだけど、何だか反応なくて」
「ああ、あいつは電脳作業中に邪魔されるの嫌がるんだ。多分解ってはいるだろう。オレも一緒に行くから」
「一人でも大丈夫よ」
ディーの申し出に一瞬えっと驚くジョナだが、ちゃんとできると言い張る子供のように言った。
「別にお前が一人で行けないと思ってるわけじゃない。オレがちゃんと顔見せれば、お前の家族もそのタエさんとやらも少しは安心するだろ?」
自分が思いもよらなかったことにジョナは若干気恥ずかしくなりながらも、改めて大人は色々考えてるんだなと思った。
「それに、荷物持ちがいた方がいいんじゃないか?」
そんなジョナを安心させるためかディーが言って、ジョナは微笑んだ。
「そうね、その方が助かるかも」
「ソナタ、ちょっとジョナと出てくるからな!」
ソナタの部屋に向かって告げると、二人は部屋を出て行った。
ソナタが調べ物を終えて部屋から出てくると、ちょうど二人が荷物を持って帰ってきたところだった。
ディーが大きめの荷物をひとつ、リビングの隅に置く。隣にその半分くらいのバッグをジョナが置いた。
「お帰りなさい」
「あー、もう大変だったぜ。コイツんちのお手伝いさんがやたらと荷物持って来ててさ、やっとこのバッグに収めさせたんだ」
いかにも疲れた、とばかりにディーが一人掛けのソファにどかりと座る。
ジョナの家のハウスキーパーだというタエは、着替えやら何だと言って、スーツケースやらでかいバッグやらといくつもの荷物を持って来ていた。呆れたディーはジョナに最低限の物だけにしろと言って、何とかこの二つにまとめたのだ。その間もタエはお嬢様にみっともない格好はさせられないとあれこれ物を増やそうとするから、いちいちディーがそれはいらない、とか選別しなければならなかった。
ディーの外見やまるで愛想のない物の言い方にタエはあからさまに不信感を抱いていたが、ジョナが何とかちゃんとした探偵の人で信頼できるからと説得して、ようやく帰ってきたのだった。
「タエさん、わたしがこんなことになったからちょっとパニクってるみたいね。でもちゃんと説明したし、ディーさんのことも悪い人だと思ってないから大丈夫よ」
苦笑しながらジョナもさっきまでの席に腰を下ろした。テーブルの上にはディーが貸したコミックスが読みかけで置いてあった。
「それはお疲れ様でしたねえ。ま、ちょうどこっちも調べ物が終わりましたよ」
ソナタはジョナの向かいに席を取り、ラップトップの電脳を自分の膝の上に乗せる。
「まず今話題になっているオートマタン誘拐事件の被害にあったと思われるオートマタンは、この二ヶ月で15体らしいんですが、そのうちの7体がメガロダイン社の最新型侍従用オートマタンです。他はメーカーも型も製造年代も消えた場所もバラバラです。誘拐の手口は全部同じで、ほとんどの機体がジョナのトコのイオニスのように、深夜に電脳をハッキングされて自ら家を出て、その後行方が分からなくなっています」
「ほとんどっていうのは?」
ディーが短く質問した。
「何体かは真昼間に、忽然といなくなったそうですよ。例えば所有者が出かけている間に、とか、所有者が亡くなってからいなくなった、というのもありますね」
「そいつらは全部GPSを無効にして、街の監視カメラにも引っかからずに消えたってわけか…」
「まあ、街の監視カメラは全てをフォローするほど設置されてませんし、死角もたくさんありますからね」
「メガロダイン社に個人的な恨みを持つ奴の犯行ってことはないのか?誘拐された約半数がメガロのオートマタンだろ?元社員のプログラマーなら、ハッキングも簡単なんじゃないか?」
その疑問にソナタは少し残念そうな顔をする。
「警察も最初にその線を当たってみたようですが、該当する人物はいなかったみたいですね。今はどこかの組織のクラッカーの仕業と目星をつけて捜査をしていますが、まだ成果は上がってないようです。それらしき密輸も裏での売買も摘発されていません」
確かに、売る気なら最新型のオートマタンを数多く盗もうとするのは理解できた。メガロダイン社はオートマタン製造会社の最大手だし、性能もよく人気がある。しかし、本当に闇で売る気なら、どこかの家庭に購入されたオートマタンでなく、製造直後の機体を狙った方が一度で何体も手に入るし、時間もかからない。なのにわざわざ一体一体電脳をハッキングして誘拐し、未だに取引すらしていないのはなぜだろう。もっと他に目的があるのだろうか。
「犯人の目的は密輸や違法売買じゃないのか?時間が経てばそれだけ発見されるリスクも高くなる。今は警察も空港や港、組織の取引場所になりそうな所には厳重に目を光らせてるはずだろ?」
ディーが考えながら言うが、
「そのへんはまだ何とも言えないですね。誘拐されたオートマタンの一体も発見されてませんし。でも、15体ものオートマタンを一旦寝かせておくなら、人目に付かない、それなりの倉庫なり部屋なりの保管場所が必要になりますね」
さすがにソナタも情報不足でそれ以上答えようがない。
警察の捜査でもまだほとんど何も分かってない状況らしい、ということは分かった。犯人は複数犯なのか、本当に何らかの組織犯罪なのか、それすらもつかめていないのだ。むろん、これらのことは普通に調べただけで分かるはずもなく、ソナタは警察の電脳をハッキングして情報を引き出したのだった。
分からないことは取りあえず置いておいて、ディーはさっき調べていたことを報告することにする。
「『陰陽門』の情報だと、警察に届けられてる誘拐以外にも、行方不明になったオートマタンが何体かいるみたいだな」
「全て同一犯だとは限りませんが…、気になりますね」
「それと、ジョナの言っていた白い髪の女型オートマタンらしきものの目撃もちらほらある」
「ね、いたでしょ!?」
ディーの報告に思わず勢い込んだジョナだったが、ディーの返答はジョナの期待していたほどではなかった。
「いや、最近見かけられてるってだけで、誘拐事件と関わりがあるのかは不明だ」
それ以上の情報はない、と手で制すディー。がっかりしてジョナはおとなしくまたソファに身を落ち着けた。
ジョナは彼らの話を聞いているだけで不安でいっぱいだった。イオニスはいったいどこに連れて行かれてしまったのか。まだ『イオニス』なのか。
「で、どうする?オートマタンの消えた場所から、保管されてそうな場所を手当たり次第探してみるか?」
ディーが何か電脳のディスプレイをじっと見ているソナタにこれからの調査方針を提案するが、ソナタはいえ、と小さく言って、
「メガロダインの最新型オートマタンの電脳に、ウイルスを仕掛けてみようかと思います」
「どういうことだ?」
「ええ、犯人はメガロダインのオートマタンを狙っていると仮定してもいいと思うんです。次があるとしたら、いえ、次じゃなくてもそのうちまたメガロダインのオートマタンを誘拐する確率が高い」
そこまでのソナタの仮説にディーは異論を唱えず、無言で続きを促す。
「ですから、最近売られたメガロダインの最新型オートマタン何体かに当たりをつけて、犯人がハッキングを仕掛けてきたらこっちに自動的に連絡、攻撃してハッカーを逆探知するというウイルスを仕込むんです」
「なるほど」
ソナタの計画にディーが大きく頷いた。しかしソナタはちょっとその端正な顔をしかめ、不安要素があることを付け加えた。
「ただし、コレは犯人がいつ、どのオートマタンにハッキングするのか分からないので、ウイルスを仕込んでも時間がかかります。大体また誘拐するかどうかも不明ですし、全体的に賭けであることは否めません」
「けど、やらないよりはいい。一体何件あるのか分からない倉庫をちまちま探すよりマシだろう」
「そうですね、分かりました」
そのウイルスを仕込むのはソナタの仕事だ。早速ソナタは自室にこもった。
数時間してソナタが部屋から出てくると、すでに夕方になっており、ディーがキッチンで夕食の支度をしていた。
「あ、ソナタさん。もういいの?」
所在なげに座っていたジョナが訪ねてくる。
「ええ、犯人が今日ハッキングしてくるとしてもたぶん深夜でしょうし、それまでは待つしかないですからね」
とジョナの向かいに優雅に足を組んで座った。ジョナは何となくキッチンが気になる様子だ。
ジョナは正直ディーが夕食を作ると言った時、かなり驚いた。男二人で暮らしているなんて思ってもみなかったし、しかも自分達で夕食を作るなんて考えてもいなかった。こういう男所帯は毎日の食事なんてどこかのレストランにでも行っているのだろうと思っていたのだ。どんな料理が出てくるのだろうかと期待半分、怖さ半分であった。
「どうしました?言っておきますけど、あなたが裕福な家の子でいつもどんな美味しいものを食べているのか知りませんが、もしディーの作ったものをマズイとか口に合わないとか言って残したりしたら、依頼は無効にしますからね」
顔はにこやかだが若干凄みのある口調でソナタが言った。実際のところ彼らの食生活は、状況によって各自自由な場合もあるが、基本自炊だった。ディーは育った環境上、十代の頃から料理を作ることに慣れているし、ソナタも器用なのとどうせ作るなら美味いものを食べたいという性格から、二人の料理の腕はそこらの独身女性より確かだった。
ジョナは依頼を引き合いに出されたことに若干ムッとして、
「そんなこと言わないわ。いつもイオニスに『食べ物は大事にしなさい』って言われてたんだから」
そうしてまたイオニスのことを思い出して、うつむく。
イオニスがいないのに、どうして両親は平気なのだろう。10年も一緒に暮らしてきたのに。彼がオートマタンだから?いや、両親もそれなりに彼に愛情は持っている。でもそれはジョナのそれと同じではなく、例えばお気に入りで何年も使っている万年筆とか、そういった物に対する執着と同じなのだ。もしなくなったとしても、残念には思うだろうが、替えがきく物。それがジョナにはもどかしかった。誰も自分の気持ちを解ってくれないのだ、と。
「そんなにイオニスのことが好きなんですか?」
ズバリソナタが聞いた。
ジョナはドキリとしたが、
「好きよ。イオニスはわたしの特別なの。世界中の誰よりも大好き」
率直に答える。
「でもあなたの気持ちはいずれ…」
「いいの!自分でも解ってるから!」
ジョナは言いかけたソナタの言葉を、自分でもしまったと思うほど強い口調で遮ってしまった。
「あ、ご、ごめんなさい、わたし…!」
「いいえ、いいですよ」
しゅんと力を失ってしまったかのようなジョナを見ながら、これは相当重症だな、とソナタは思った。
多感な少女時代にはよくある話だ。テレビの中のアイドルに憧れるのと同じように、一定の美を備えているオートマタンは恋愛対象になりやすい。しかも自分の言うことを聞いてくれ、丁寧な態度で接してくれるのだ。そういうものが身近にいれば、幼い少女や少年が恋してしまうのも無理はない。いや、大人にだってオートマタンをそういう目で見ている者もいる。オートマタンコンプレックスというやつだ。ただ、アイドルと違って厄介なのは、オートマタンは手が届く存在だということだ。そしてこちらの好意を拒絶したりしない。それゆえに憧れで終わることなく擬似恋愛から抜け出せないまま、そのオートマタンが寿命や事故などで機能停止になると、パニックに陥りもう生きていけないと自殺したり欝になったりしてしまうのだ。
ここまでイオニスに一途な想いを抱いているジョナもそうなっているのではとソナタは危ぶんだが、
「…解ってるわ。いつかはイオニスもいなくなるんだってこと。でも、それまでは、好きでいたいの」
ジョナは小さいけれどはっきりと言った。それを聞き、ジョナは思ったよりも賢いし大人なのかもしれない、と感じた。
「あなたはどうなの?」
突然ジョナがいたずらっぽくソナタに投げかける。
「はい?何がですか?」
ソナタは目をパチクリさせた。
「あなただってディーさんのこと好きなんでしょ?」
まさかそんなことを言われるとは予想外だったので、ソナタは一瞬返答に困った。
「ま、好きか嫌いかで言えば好きですが」
だいたい好きでなかったら一緒に仕事したり、ましてや同居などしない。ソナタは誰にでも人当たり良く接しているように見えるが、実は好き嫌いがハッキリしている。嫌いな相手は視界にすら入れないタイプだ。
「あなたの言うような意味じゃありませんよ」
「別にいいじゃない、恥ずかしがらなくても!男同士が好きになっちゃいけないなんて、旧世紀の考え方だわ!今時同性で結婚してる人もたくさんいるし」
ジョナは興味津々のようだ。
「…どうして私がディーを好きだと、そう思うんですか?」
「そんなの、見てれば分かるわ!女のカンよ!当たってるでしょ?」
得意げにちょっと胸を張るジョナ。
クスリとソナタは笑う。確かに彼女は賢くて、子供といえど女のカンもバカにできないらしい。
「そうですね、あなたにとってのイオニスと同じです。私にとってディーは『特別』なんですよ」
そう言ったソナタの顔がとても綺麗で、ジョナは思わず頬を染めたのだった。
「何怪しげな話をしてるんだ?」
ディーができた皿をダイニングのテーブルに並べながら二人に声をかける。
「メシだぞ」
「わあ~」
テーブルについたジョナは思わず声を上げた。さっきまでの不安とは裏腹に、とても美味しそうな匂いがしている。
サーモンのバター醤油焼きとクルトンとオニオンの浮いたコンソメスープ、卵とトマトの炒め物、ポテトサラダにご飯。豪華というわけではないが、十分に食欲をそそるメニューだった。
「いただきまーす!」
「おう」
さっそくジョナはサーモンを口に運んだ。
「おいしい!」
顔をほころばせ、箸を進める。本当にタエの料理と同じくらいおいしいと思った。
「そりゃーよかった。いっぱい食えよ」
ディーも薄く笑い、自分も食事を始める。
「わたし、ディーさんたちみたいな男の人って料理なんてしないと思ってた!」
「ま、オレの場合は経済的な理由と、自炊の方が気が楽だからな」
ディーは外に行くとどうしても人目を引いてしまうので、食事は家の方が落ち着くのだ。
「彼女はいないの?」
「ぐ!?」
とディーは声にならないうめき声を発し、思わず喉を詰まらせそうになった。多少顔を引きつらせながら、憮然として答える。
「別に、いない」
向かいに座ってるソナタがクスクス笑っているのを睨みつけた。
「それじゃあ、ディーさんもソナタさんのことが好きなの?」
「ぶッ!?」
今度は吹き出しそうになった。
「はあ?何でそんな話になるんだ!?」
「だって、ソナタさんはディーさんのことが好きだってさっき聞いたから。二人一緒に住んでるし、付き合ってるのかなあって」
ディーは呆れた。どうして女ってのは子供でも大人でも、すぐにこういう話をしたがるんだか理解に苦しむ。
「そうですねー、その場合、嫁はディーになりますかね?」
さも大真面目にソナタがジョナに言った。こうやってふざけて話に乗っかるソナタにもディーは怒りを覚えた。
「オイコラ!何でオレがお前の嫁なんだよ!?変なこと子供に教えるんじゃねえ!」
「嫁じゃなきゃいいんですか?」
「そういう問題じゃねえ!」
「わたしはもう子供じゃないわ、ちゃんと解ってるわよ。男同士のレンアイだっていいじゃない」
「ですよねえ~。ディーは照れ屋さんなんですよ。だからあんまり好きだとかそういう言葉を言ってくれないんです。そんなだから女性にもモテないんだって何度も教えてるんですけどねえ~」
「そうなんだー。ソナタさんはディーさんのことよく解ってるのね!」
「もちろん、私達はパートナー同士ですから」
ソナタは完全にこの状況を、ディーをからかうことを楽しんでいる。もう何を言ってもソナタには歪んだ解釈しかされない気がして、ディーは議論するのをあきらめた。
「もうこの話は終わりだ!お前らさっさとメシ食っちまえよな!」
ふてくされたように残りのおかずをかき込んで、さっさとテーブルを離れる。
「おや」
「怒っちゃった…?」
ディーの様子にちょっと悪かったかなと思いつつ、おずおずとソナタにたずねるジョナ。しかしソナタはにこりと笑った。
「大丈夫ですよ。ディーはこういう話題が苦手なので一時的に不機嫌にはなりましたが、本当に怒っている訳ではありません。もちろん仕事に影響もしませんから、ジョナも変な気を使わず、普通に接してあげてくださいね」
小声でジョナに教えていると、ディーが冷蔵庫からイチゴの入った皿を出してきて、ジョナの前にミルクと砂糖と共に置く。
「デザートだ」
ぶっきらぼうにそう言ったが、さっきのような怒りの調子はない。
「アレ、私にはないんですかー?」
「お前はデザート抜きだ!ちゃんと後片付けしとけよ!」
二人の生活ルールとして、ディーが食事を作ったらソナタが後片付け、その逆も同じ、ということになっている。
わざとらしいソナタに言い放って、ディーはそのままダイニングキッチンを出て行った。
「わたしイチゴ大好きなの!」
ジョナはミルクと砂糖をたっぷりかけてイチゴを味わう。
「怒ってなかったでしょう?」
食器を下げながらソナタが聞いてみると、ジョナもうん、とうなずいた。ディーの性格からして、元々子供に怒りを持続させているのは不可能だろう。
「ホントね、ソナタさんの言ったとおり!ソナタさんはやっぱりディーさんのこと何でも解ってるのね!」
ふふふ、と二人は楽しげに笑いあうのだった。