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<少女と依頼>

 彼らは静かな雰囲気の喫茶店にいた。もっと若者に人気の、気軽に入れるようなコーヒーチェーン店でも良かったが、隣の席や他の客との距離が近いと落ち着いて話せないので、わざわざ目立たず話せるような店を選んだのだ。

 店内の一番奥のボックス席で少女は一人壁際に座り、向かい合わせにディーとソナタが隣り合って座っている。他に客はふた組だけで、離れた席なのでこちらを気にすることもないだろう。

 少女が頼んだフルーツパフェと、ディーのアメリカン、ソナタのレモンティーが来て、ようやく話を始めようというところだ。傍から見れば、この三人はかなり奇妙な組み合わせに違いない。あまり興味を引かないようという意味もあったのかどうかは判らないが、注文の品を運んできたウエイトレスににこりと愛想よく微笑みかけるのをソナタは忘れなかった。おかげでウエイトレス同士で小さく色めきだったりして、逆に余計な興味を引いていたが。

「で、何でお嬢ちゃんはその『アクロード』を探してるんだ?」

 ディーはパフェの一番上のクリームをすくう少女に言った。少女が少しひるんで手を止める。

「ああ、違うんですよ、このおにーさんは別に怒ってるんじゃないんです。ただ、あなたがどうして一人であんな所にいたのか聞きたいだけなんです」

 ソナタがすかさずにこやかにフォローするが、その意味が解らなくてディーがソナタに不思議そうな顔を向けた。

「だからそう言っただろ?」

「あなたは顔も言い方も淡々としてるからそう聞こえないんですよ」

「…ああそうかい。悪かったなあ」

 毎度のことだがディーは面白くないとばかりに顔を背けた。無表情なため怒って詰問しているように見えるが、本人には全くそんなつもりはなく、普通に質問しているだけなのだ。しかしそう取られないことがかなり多い。

「で?どうしてだ?」

 他の言い方もできないディーは、結局同じ調子で改めて聞く。

「大丈夫ですよー、私達は怖い人じゃありません。素直に話してくれれば協力してあげられるかもしれませんし。ね?」

 本当は子供を相手にするのはあまり好きではないソナタだったが、ディーよりは格段に優しげに少女の話を引き出そうとしていた。

『アクロードを探している』とほんの数分前に言った少女を、警察に任せるなり彼女の家の人間に連絡させるなりしてあとは関わらないようにすることは簡単だった。むしろ普段なら絶対にそうしただろう。しかし『アクロード』という言葉が出たとなると話は別だった。なぜこんな育ちの良さそうな少女が『アクロード』を探しているのか。普通の子供なら決して知りえないであろうその存在を、どうやって知ったのかに興味を持ったのだ。それを聞く権利が二人にはあった。

 少女は一口パフェを食べる。それは食欲に負けたからというよりは、気持ちを落ち着かせるためにそうしたように見えた。

「そうね、まずはわたしたち名乗った方がいいわよね。わたしはジョナ・ニコリス。アナタたちは?」

 少女のまだ子供だというのにしっかりした物言いに若干驚きながらも、ソナタが答える。

「私はソナタ。こっちの怖そうな人はディーです。ホントは怖くないですからねー」

 必要以上に『怖くない』を連発するソナタにディーは面白くなさげだ。ジョナもディーは見た目よりずっと怒りっぽくも荒そうでもないことが分かりかけていたので、ソナタの言葉に小さくうなずいて、ちらっとディーを見た。子供の自分がこんな大人の知らない男の人と話すのは当然緊張する。しかし、ジョナの目にはある種の秘めた決意があった。

 ディーとソナタは極力彼女の機嫌を損ねないよう、辛抱強く彼女が話し出すのを待っている。

 再びパフェを2,3口食べてから、ジョナは口を開いた。

「あのね、わたしの家のオートマタンが、三日前に急に行方不明になったの。彼はイオニスっていうんだけど、わたしが生まれた時からずっとわたしの世話係で…、でも何の連絡もなしにいなくなるなんて、こんなこと今までに一度だってなかったわ。だから、きっと今ニュースでやってるオートマタン誘拐事件の犯人に彼も誘拐されたんじゃないかって思うの!」

「ははあ、なるほど…」

 ソナタは大体の事情は察したとばかりにつぶやいた。ディーもほぼ同じように感じていた。

 多分、何らかのことで彼女の世話をしていた侍従用オートマタンがいなくなったのは事実だろう。理由が解らないから、子供ゆえに、安直に話題になっている事件と結びつけて考えてしまったのだ、と。

「そういうのは警察に届けた方がいいんじゃないのか?」

「もちろんそうしたわ!」

 ディーに言われ、ジョナは反撃するかのように強く返す。

 あの日、イオニスがいなくなったことに最初に気づいたのはタエだった。朝早くジョナの家にやって来て、両親の支度や家のことをやるのが、長年通いのハウスキーパーをしている彼女の日課である。しかしいつも自然にそこにいて手伝ってくれるはずのイオニスがいなかった。オートマタンの彼は眠る必要がないので、両親が起床する時間にはすでにリビングにいて、何か言いつけられるのを待っているはずなのに。

 両親はいつも忙しないためイオニスがいないと言ってもあまり気に止めずに、何かあるようだったら警察に連絡し必要なことをしなさいとタエに後を任せて、さっさと仕事に行ってしまった。それからタエはいつも彼がいるはずのジョナの部屋に行ってみるが、やはりいないのを知るとようやくこれはおかしいと思ったらしい。慌ててジョナを揺り起こし、すぐさま事情を知ったジョナも、半ばパニックになりながら家中を探し、呼び出しを何度もかけたり、メーカーに問い合わせてみたり、マルチナビの位置情報システムでも検索してみたが、イオニスは見つからなかった。マルチナビとは、通話やメール、ネット等ができる手のひらサイズの携帯端末である。この時代には子供でも誰でも、一人一台持っているのが当たり前のツールだ。

 彼女らにできる万策が尽き、そしてタエが警察に通報したのだった。

 ジョナは学校に遅刻していることも構わず、両親共仕事中であることも重々承知していたが、泣きながら彼らに電話し、イオニスがいなくなったと訴えた。こんなに取り乱したジョナは滅多にないことなので両親も驚いたが、冷たくあしらったりはせずに慰めてくれた。しかし結局自分達が積極的に動くことはせず、警察に任せておけば大丈夫だから、というのが彼らの意見だったのだ。

「なら警察に任せておけばいい。きっと見つかるさ」

「そうですねえ。今話題になってるから警察も必死になって捜査してるでしょうし」

 気休めにもならないディーとソナタの言葉を聞きながら、ジョナは下を向いていた。きっとそうなのだろう。子供の自分にできることなんてないのかもしれない。でもジョナは何もしないでなどいられなかった。だってイオニスは両親よりも彼女の家族でそれ以上だ。イオニスがいないと不安でたまらなかった。

 ジョナは急に勢いよくパフェを食べだし、いきなりの彼女の行動に目を丸くしているディーとソナタをよそに、一気に全部食べきった。一息つくと、キッと二人を睨みつけて

「アナタたちもパパやママと同じことを言うのね。警察に任せておけばいいって。でもそれじゃ遅いのよ!事件はずいぶん前からあるのに、警察は未だに解決できてないじゃない!その間にイオニスがどこかに売られたり、壊されたり、電脳を消去されてたりしたらどうするの!?そんなの絶対にイヤ!そうなる前に彼を助けたいの!」

 とまくし立てた。ディーとソナタは驚いた顔のままで少女を見ている。ジョナはさらに続けた。

「だからわたしは助けてくれそうな人を探したの。ネットで、色々な探偵を調べたわ。そしたら、オートマタンやサイバーズ関係の掲示板で『アクロード』っていう探偵のことが載っててね、サイバーズ相手の事件を専門にしてて、腕は確かだって書いてあったわ。この人なら助けてくれるかもしれないって思ったの。オートマタンの誘拐なんて、普通の人よりもサイバーズの方がやりやすいだろうし、そういう悪い人が仲間にいるかもしれない。だから、『アクロード』に依頼すればイオニスを見つけてくれるかもしれないって」

 ディーとソナタは顔を見合わせた。彼女の行動力がここまでさせたのか。色々言いたいことはあったが、二人はあえて口を挟まず、彼女が言いたいように、言いたいことを全て話し終えるまで待つことにした。

「でも…、いくら調べても『アクロード』に依頼する方法が分からなくて…」

 とジョナの顔が暗くなる。

「普通の探偵ならHPとか連絡先とかあるはずでしょ?だけどそういうのが全然ないの」

 本当は全くないわけではないのだが、とディーとソナタは心の中でつぶやくが、ここは黙っておく。

「やっと分かったのがこの辺にあるっていう『陰陽門(インヤンゲート)』のことだけ。その『陰陽門』が『アクロード』と繋がってるらしいっていうのは分かったわ。だから直接『陰陽門』に行ってみようと思って、やっと場所を調べてここまで来たのよ!そしたら中古オートマタンの店があったから、もしかしたら誘拐されたイオニスがリサイクルされてるのかもしれないと思って……」

「あの店を必死になってのぞいてた訳か」

 とディーが納得した顔で先を引き取った。

 うん、と言ってジョナはもう話し尽くしたのか、押し黙ってしまった。

 ジョナも誘拐されたイオニスが本当にそのままの形であんな中古店に並んでいるとは思ってないだろう。そんなに簡単なことなら警察だってすぐに気づくはずだ。だけどジョナは確かめずにはいられなかったのだ。イオニスを探し求めるあまり、少しの可能性でも見逃したくなかった。結果それが彼女にとって運を呼んだ訳だ。

「よく解りましたよ、あなたがどうして一人でこんな所にいたのか」

 ソナタはふう、と息を吐いた。

「ねえ、アナタたちこの辺に詳しいなら、『陰陽門』のお店がどこにあるか知ってる?もしかして『アクロード』のことも何か知らない?」

 ジョナが目を大きく見開き、すがるように二人に尋ねる。

 二人は確かに『陰陽門』を知っていた。その店が『アクロード』と繋がっていることも正解だ。だけど彼女を『陰陽門』に連れて行ったところで、店側がハイいいですよ、と『アクロード』とのコンタクト方法を教えてくれるとは当然思わない。思わないが、ジョナはもっと確実な方法で『アクロード』とのコンタクトにすでに成功していた。

「全く、あなたは無茶するわりに運がいいというか、引きが強いというか…」

「え?何か知ってるの?教えて!お願い!」

 いささか呆れ気味のソナタにジョナが食い下がる。ソナタはチラリとディーを見、彼の異論がないようなので、真っ直ぐにジョナを見つめて言った。

「私達が『ACRODE(アクロード)』です」

「────え?」

 全員、たっぷり3秒は沈黙していた。それからやっと、ジョナが

「ウソでしょ」

 ときっぱり言い切った。

「わたしが子供だからって、適当にごまかして帰らせようとしてるんでしょ?その手には乗らないんだから!」

「あのなあ、こんなこと嘘ついてどうするんだよ。帰らせたいなら『アクロード』も『陰陽門』も知らないって言った方が早いじゃねーか」

 ディーが何となく情けない気持ちになりながら反論する。

「そうですねえ~、どうせなら何も知らないって嘘つけたら良かったんですけどねえ~。本当に私達は『アクロード』ですけど、あなたの依頼を受けるかはまた別の話ですし、その話し合いはあなたの様子だとめんどくさそうですからねえ~」

 ソナタがわざとらしく肩をすくめる。

 ジョナは目をまん丸くして彼らを見たまま、また3秒ほど停止していた。

「…ホントに『アクロード』なの?」

「そうだ」

 彼女の顔が希望を見つけたかのように明るくなり、テーブルに両手を付いて乗り出す。

「じゃあ話は解ったでしょ!?わたしの依頼を受けて欲しいの!お願い!」

「あのですねえ、こういうのは簡単にできるものじゃないんですよ。だいたいあなた、依頼料とか報酬、ちゃんと払えるんですか?子供のお小遣いで払えるほど甘くはないんですよ?」

 ディーが何か言う前に、ソナタが割って入った。ディーはこういう弱い立場の人間に甘いところがあるので、ホイホイ割に合わない依頼にイエスと言ってしまいがちだ。その点ソナタは誰に対してだろうと現実的で金に関してはきっちりしてるので、いつも仕事の交渉事は彼がしているのだった。たとえ子供といえど、金のことを曖昧にするのは好まない。むしろハッキリと大人の世界は厳しいのだと思い知った方が、この無謀な探索行に諦めもつくかもしれない。

 と思ったのだが甘かった。

「平気よ!わたしの貯金でも足りなかったら、パパとママに言って絶対に払ってもらうから!」

「そんな簡単にいくとは思えませんね。だいたいあなた、そのパパとママはあなたがこういうことをしてるって知ってるんですか?私達があらぬ疑いをかけられて、逆に犯罪者扱いされてもたまりません」

「そんなこと絶対させないわ!イオニスが戻ってくればちゃんとお金だって払ってくれるはずよ!なんだったら誓約書でも何でも書くし、ちゃんと分かってくれるように説明するから!」

 少女は引き下がらなかった。

「おい、ここまで言ってるんだし、受けてもいいんじゃないか?」

 ディーがソナタをなだめるように言った。

「ですけどねえ~…」

「どうせ今のところ他に仕事もないんだし、実際にイオニスがいなくなったのは事件だろ?何なら今ジョナに家に連絡させて説明でも何でもさせればいい」

「うん、する!受けてくれるなら何でもやるから!」

 ディーの後押しで、がぜんジョナが有利になった。ソナタもこれ以上意地を張っていても仕方がない。

「全く、ディーは甘いんですから…。分かりました。その依頼受けますよ」

 渋々、といった様子で盛大なため息とともにソナタは承諾した。

「あ、ありがとう!!」

 嬉しそうにジョナがディーに笑いかける。

「その代わり、ちゃんと両親に依頼のことを説明して、こっちの規約どおり基本料金の前払いをしてもらいますからね。誓約書も書いてもらいます」

「分かった!大丈夫、まかせて!じゃあさっそく連絡してくるわ!」

 こうして、『アクロード』は少女の依頼を受けることになったのだった。


 ジョナが家に連絡してから、『アクロード』の二人は少女にイオニスの情報を聞くことにした。

「これがイオニスよ」

 ジョナがナビを二人に向けて、彼女の世話をしていたオートマタンの画像を見せる。黒髪のさわやか系好青年だった。画像の彼はほんのり微笑んでいた。

「ずいぶん古いタイプみたいですね?」

 外見のタイプから今の流行りではないことを見てとったソナタが言う。

「うん、イオニスはわたしが生まれた時に家に来たって言ってたわ」

「って、ジョナはいくつなんだ?」

「10歳よ。こないだ誕生日だったの」

 とディーの質問に答えてから少し悲しそうな顔をする。あの日はイオニスとタエに囲まれて、楽しい誕生日だった。その二日後に、イオニスが姿を消したのだ。

「10年も使ってるなんて、大事にしてますね」

「そうよ!イオニスは大事な家族なんだから!」

「………」

 真剣なジョナにソナタは何か思ったようだったが、それを正直に口にするほど子供嫌いではなかったようだ。

「製造番号とか分かるか?」

 ディーはまず基本的な情報を尋ねた。それが分かればかなり探しやすくなる。

「ええと…、製造番号は分からないけど、メーカーはメガロダインのA─03タイプだったと思うわ」

「まあ、それだけでもいいですよ。あとはメガロダインの電脳に入って調べてみましょう。イオニスがいなくなったのは正確にはいつです?」

「三日前よ。家の防犯カメラに、家から出て行くイオニスが映ってたわ。真夜中の二時半頃に…」

「GPSは機能しなかったんだな?」

 念の為にディーが聞く。通常オートマタンにはGPSが搭載されていて、何らかの理由でオートマタンの居所が分からなくなった場合は、まずGPSで調べるのが当然の手順だった。

「うん、GPSはちゃんと動いてないみたいだった。警察も調べたけどダメだったって。他の誘拐事件と同じで、電脳をハッキングして遠隔操作したんだろうって」

 確かに、オートマタンを連れ去るなら何人かで運ぶより、電脳をハックして遠隔操作した方が楽だし発覚されにくい。

 思い出すのが辛いのか、ジョナのトーンが落ちていく。が、急にハッと顔を上げてディーとソナタを見た。

「そういえば、わたし変なオートマタンを見たわ!イオニスがいなくなる前!もしかしたら事件の手がかりになるかもしれない!」

「なんだって!?」

 それは事件的に警察もつかんでいない初めての情報かもしれない。

「変なオートマタンってどんなのです?」

「えーとね、白い長い髪の女の人よ。イオニスと話してたの。大した時間じゃなかったけど、その時に何かしたのかもしれない」

「白い髪の女ねえ~」

「顔は覚えてませんか?他の特徴は?」

「そこまでは覚えてないわ…。すぐ行っちゃったし、ちゃんと見たわけじゃないし…」

「そうですか…」

 ジョナは手がかりかもしれないと言ったが、ディー達にしてみればあまりに頼りない情報だった。変と言っても、世間にはもっと変なカッコをした人間なんて大勢いるのだ。取りあえず二人はその情報を置いておくことにした。

 これ以上ジョナからは聞くこともないと判断した二人は、早速仕事に取り掛かるつもりで喫茶店を出る。

「じゃあ何か分かったら連絡しますから」

「気をつけて帰れよ。リニアはあっちだから」

「うん」

 とソナタとディーは店の前でジョナに告げ、自分達のマンションの方向へと歩き出す。しばらく歩いて、違和感を感じた。

「………」

 さっき、別れの挨拶のつもりで二人はジョナに声をかけたはずだった。が、なぜか少女が付いて来る。二人は目を合わせ、くるりと振り返った。つかず離れず二人の後ろを付いて来ていた少女も、足を止めて二人を見る。

「どうした、一人じゃ帰れないのか?」

「付いて来られても困るんですけど」

 ディーとソナタがジョナの意図を測りかねるように言った。

「どうして?」

 少女はさも当然とばかりににっこりと笑う。

「どうしてって…」

 ソナタが説明しようとする前に、ジョナはとんでもない宣言をしたのだった。

「わたしもアナタたちと一緒に行くわ!」

「はあ?」

「何を言うんですか!」

 ディーとソナタは面食らった。彼らの同居しているマンションに、少女を泊めるような気の利いた施設はない。あったとしても、少女と一緒に行動するなど考えられないことだった。

「大丈夫、さっきタエさんにしばらく友達の家に泊まるって言っておいたし、毎日家に連絡入れるし、ちゃんとナビは繋がるようにしておくから。あ、着替えはもうすぐさっきの喫茶店まで持って来てくれるはずなの」

「そういう問題じゃねーんだよ。だいいち学校はどうするつもりだ?こっから行くのか?」

 ディーは頭をかきながら、今度こそ怖い顔になった。だが、少女は一瞬息を飲んだものの、ひるまなかった。

「しばらく休んだって平気よ!どうせイオニスが戻ってくるまで学校なんかに行く気になれないもの」

「私達の調査にも付いて来るつもりですか?」

「もちろん!イオニスを早く見つけたいの!絶対邪魔にならないようにするから!」

「ダメだ。本当に事件なら、危険なことに巻き込まれるかもしれないんだぞ?遊びじゃないんだ。付いて来られてもお前の安全まで保証できない」

 ディーは本気だった。適当なもっともらしい嘘で彼女をごまかそうとしているのではない。顔も声も今までとは全く違い、駄々をこねれば許してくれそうだとか、そういった甘えは一切通用しない厳しさを感じた。

 チラリとソナタの方を見ると、ディーより格段に優しげだった彼の顔からも優しさが消えている。ただ単にジョナに来て欲しくないと怒っているだけではないのだ。彼らの調査には常に何が起こるか分からない危険性があるのだと、否応なく分かった。

 だけどジョナもここで引き下がる訳にはいかない。家でやきもきしながら待っているだけなんてできない。それができるなら最初から『アクロード』に頼もうなどとこんな知らない町にまで来ない。できないからここに来たのだ。

 彼がどこかに監禁されてるなら、早く助けたい。どこかに連れて行かれたなら真っ先に見つけたい。────早く会いたい。

 それがジョナの想いだった。

「それでも一緒に行きたいの。本当に危ない所は行かない。アナタたちの言うことをちゃんと守るわ。だから…、お願いします!」

 ジョナは目に涙をためながら、深く頭を下げた。二人が何か言ってくれるまで、ぎゅっと目を閉じそのままの姿勢で動かない。

「……分かった、もういい。後ろを歩くな。オレ達に見える所を歩け」

 本当はほんの一分くらいだったかもしれないが、ジョナにとっては5分にも10分にも感じられたその時、ディーの声が聞こえたのだった。

「ちょっ…、ディー、いいんですか!?」

 ソナタが抗議するが、ディーはもう決めたらしく、

「しょうがないだろ?子供にだって真剣に何かを訴える権利はある。ジョナにはそこまで真剣になる理由があるんだろう。お前にだって多少は解るはずだ」

「………」

 その言葉にソナタは折れたようだった。やれやれと手を腰に当て、ジョナの方を向く。

「本当にしょうがないですね。いいですか、絶対に私達の言うことを聞いてください!でないとどうなっても知りませんからね!?」

「はい、絶対に言うとおりにする!二人ともありがとう!」

 ジョナは満面の笑みで二人に駆け寄った。少なくともこの二人は他の大人とは違う。ジョナの言うことを子供だからと一蹴したりしない。そう思えた。

「じゃ、行くか。オレ達の家はあっちだ。10分くらいで着く」

「うんっ」

 ジョナはディーの隣を歩き、三人は『アクロード』の住むマンションへと向かった。


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