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エピローグ

 アクロードの二人は、ジョナと彼女をなだめているイオニスを残して、デュエナが頑なに思い込もうとしていた『楽園』へと足を踏み入れた。

 廃墟と化した土地が『新界』なら、半壊した教会が『楽園』でもあながち間違っていないのかもしれない。そんな意地の悪いユーモアを思いながら、ディーは教会内部を覗いた。

「これは……」

 ソナタが思わず小さな声を上げる。

 中は虚ろな人形達の隔離病棟のようだった。

 椅子に座ったままブツブツと何かをつぶやいているもの、横たわったまま動かないもの、紙に同じことをずっと繰り返し書き続けているもの(紙はすでに真っ黒だ)。

 マリエナも壁を背にして座ったまま、時折微笑んでは自分以外に見えない何かと会話しているようだった。

 彼らはもう自分で何かをするという意思(プログラム)すら働かない。彼らはただ、こうして朽ちていくだけの存在だった。外がどうなろうが誰が来ようが、自分以外、いや、自分の中の思い出以外に何も気にかけるものはない。

 オートマタンの感情を限りなく人に近づけた結果、精神が壊れた症状も人とそっくりになるとは、大した皮肉ではないか。それともなるべくしてなったと言うべきか。

「ここは、このままでもいいでしょう……」

「ああ、そうだな。どうせこんな所誰も来ないんだし」

 ソナタとディーは複雑な思いで、教会を後にした。

 門の所でイオニスが二人を待っていた。

「あの……」

 遠慮がち声を発する。

「なんだ?」

「デュエナとミゲルの機体を、せめて教会内に運びたいのですが……」

「ああ…、じゃあオレも手伝おう」

 チラリとディーに横目で見られ、ソナタも運ぶのを手伝うことになった。普段なら何かと文句を連ねて結局やらずに済ます彼だが、今回は少し不満そうな顔を見せたものの、何も言わずに手伝った。

「もう、大丈夫か?」

 ミゲルをイオニスと運びながら、ディーが聞いた。

「はい。私が間違っていました。この感情が『愛』というものなのかは分かりませんが…、私は最後までお嬢様の傍にいたいと思います」

「……そうか」

 ディーは薄く微笑んだ。

「家族だからですか?愛しているから?」

 ソナタが尋ねた。

 イオニスはもう迷わない。

「そうですね、お嬢様が私を家族だと言ってくれたように、私もお嬢様を大切な存在だと思っています。それが『愛』ならそうなのでしょう」

 二体の機体を運び終え、祭壇の前に丁寧に並べる。

 イオニスが悲しげに二体を見下ろした。

 デュエナは死んだ。彼女は愛する人の下へ行けたのだろうか。イオニスの機能が停止した時、それが分かるかもしれない。

 最後に教会内の皆を見回し、誰も彼に見向きもしないが、イオニスは彼らに小さく『さようなら』とつぶやいて楽園の扉を閉めた。



 最寄りのリニア(ステーション)で、アクロードはジョナとイオニスの見送りに来ていた。

「ディーさん、ソナタさん、本当にありがとう!イオニスが見つかったのは二人のおかげよ!あなた達に頼んで良かった!」

 二人にギュッと抱きつくジョナ。

「おやおや、そういうことはあと10年したらお願いしたいですね」

 ソナタがからかうように言い、

「お前の頭ン中はそーいうことばっかりか」

 ディーが呆れてツッコむ。

「そんなことありません。お金のことと女性のこと、もちろんディーのことも考えていますよ♪」

「気色悪いこと言うな!」

「あはは!ソナタさんがんばってね!」

「ええ、もちろん。ディーは照れ屋さんなだけですから。私がついてないと、いつ悪い女性に騙されるか分かりませんからね~」

「お前の方がタチ悪いわ!はぁ、ジョナもこんな男には気をつけろよ?上っ面が良くて口の上手い男は大抵ロクなヤツじゃないからな」

「大丈夫よ!わたしにはイオニスがいるもの!」

 ジョナはもう決して放さないとばかりに、ギュッとイオニスの手を握った。

「そろそろ時間です、ジョナ」

 イオニスに促され、ジョナは下に置いていたバッグを持ち上げる。もう一つのバッグはイオニスが持っていた。

「それじゃあ二人共、さよなら!」

「ありがとうございました」

 ジョナが感謝を込めた瞳で彼らを見上げ、イオニスが丁寧に頭を下げた。

「ああ、元気でな」

「あ、後で請求書送りますから、ちゃんと振り込みお願いしますよ!」

 アクロードの別れの言葉にジョナは笑って手を振り、イオニスと一緒に駅へと入って行った。


「家族、か……」

 帰り道で、ディーがポツリとつぶやいた。

 そういえば、ディーには家族がいないんだ、とソナタは思い出す。

 ディーは物心ついたばかりの頃、電脳の狂ったオートマタンに両親を殺されたのだ。それから15歳まで施設で暮らしていたらしい―――ということは、彼とコンビを組む前に調べたことだ。

「お前は家族、元気か?」

 ふと尋ねられ、ソナタは明るく答えた。

「ええ、西香港島に元気でいますよ」

 ソナタはごく一般家庭で育った。両親はソナタが探偵をしているとは知らないが、毎月仕送りと連絡をし、良好な関係だ。

 ディーとソナタはお互いの素性のそれ以上のことは知らないし、踏み込もうとも思っていない。

「お前と暮らして2年くらいか?」

「ええ、そのくらいですね」

「お前、オレのこと家族だと思えるのか?」

 ソナタは少し言い淀んだ。ディーは相棒だ。家族とは違う。

 もし自分もディーも年相応に普通の学生で、将来の夢を持ち、共に頑張ろうという志を持つ友人同士だったなら……、一緒に暮らすうちに兄弟のように、家族も同然という間柄になったかもしれない。だが、ソナタがディーと同居することになったのはそんな感情を期待したからではなく、始まりは友人ですらなかった。そしてすでに彼らの関係は友人や家族だとかいう段階をとっくに過ぎている。

 ソナタにも普通に家族愛はあるし、家族を大事に思っている。でもディーはもっと違う意味で、ソナタにとっていなくてはならない存在だった。

 ディーにはそう言ってもきっと解らないだろう。

 ソナタはふっと微笑む。

「言ったでしょう?ディーは私にとって『特別』なんですよ」

 ディーは存外に本気な響きを聞き取って少し驚いた表情をしたが、

「そうか……」

 考え込むように視線を下に落とした。

「私のことは?」

「え?」

「私はディーにとって家族ですか?」

 ディーはソナタを穏やかに見つめて、自嘲気味に口元を歪め首を振った。

「いや、違う。オレに家族はいない」

「ディー……」

 施設で育ったディーは、たとえ嫌いな人間だとしても他人と暮らすのに慣れている。幼い頃の記憶は両親を殺された時のショックでほとんどなく、家族というものがどういうものか知らない。一緒に暮らしたから家族になれるなどという幻想は、全く持ち合わせていなかった。

 それでもただ一人、もしかしたらあれが家族だったのかもしれないと―――、『兄』や『父』のような存在の人間がいた。

 施設を出てから一緒に暮らし、ディーにこの『探偵』という世界で生きていくためのノウハウを教えてくれた人物。ソナタと組む前にディーの相棒だった男。

 トゥエルズだ。

 だが、彼はもういない。だからディーにはもう家族はいないのだ。

「ん?」

 ソナタが珍しく悲しげな目で自分を見ていることに気づき、小さく笑った。

「なんて顔してるんだ?別にオレは家族がいなくて寂しいとか思ってるわけじゃない」

「でも……何だか悲しそうに見えましたよ?」

「少し昔を思い出しただけだ。今はお前がついててくれるんだろ?」

「え?ええ、当然ですよ!私がいないと、ディーは変なふうに流されるところがありますから。何かと損しやすい体質ですからねー、私が色々フォローしてあげてるんですよ?こないだも……」

 ソナタがいつもの調子を取り戻したようだ。

 ソナタとの同居生活は、トゥエルズとの生活と似ているようで全く違う。ソナタの言動にイラッとすることもあるが、彼を嫌いな訳ではないし、どちらかといえば気を許している相手に入る。何しろ人付き合いの上手くないディーとこれだけ付き合えているのは、ソナタの才能に違いない。おかげで仕事も日常生活も上手く回っている。

 それはきっと、彼を『相棒』だと認めているからだろう。

「ああ、頼りにしてる。お前も、オレにとっては『特別』なのかもしれないな」

「えっ……!」

 意外すぎる言葉を聞いて、ソナタの顔がほんのり赤くなる。

「それはプロポーズと受け取っていいんですねッ!?」

 ガバっと抱きついてくるソナタに、ディーは間髪入れず頭を叩いた。

「なんでそーなるんだよ!?」

「いったー。本気で叩かないでくださいよー。もー、素直じゃないんだから」

「んなふざけてっとお前またデザート抜きだからな」

「子供ですか!」

「うるせー」

 いつものように軽口を叩き合う、そんなやりとりが平和に思える『アクロード』だった――――。

 

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