用済みの飼育係
結局、天真君は送ってくれて、教室では優香がつまらなそうにケータイをいじってた。
「あんた、泣いたんだね」
優香様は何でもお見通しって感じだった。
優香を欺ける人間を私は知らない。
「南城先輩が冷やしてくれたんだけど……」
「原因は遊佐武瑠だね。何、された? ……いいや、言わなくて」
それも、きっとお見通し。
優香はいつも軽いと思われがちだけど、今はシリアス。
「あいつ、さっき教室に行ったみたいだよ」
「そっか……」
それなら、良かった。
私の役目も終わった。そういうことだから。
「楓、約束して。遊佐武瑠には暫く近付かないこと。あたしがいいって言うまで」
「うん……天真君も言ってたよ」
優香は凄く真剣で、口答えできる空気でもなく、既に従うことは決めてる。
「結城さんはともかく、あたしの言葉は信じなって。ちゃんと、あんたの気持ちわかってるから」
天真君に苦手意識を持たれてるのを知ってるから優香もいじわるしてるのかもしれない。
優香は大体天真君を蔑ろにしてる。
「じゃあ、今日は帰りに優香さんがケーキを奢ってあげよう」
「ほんと!?」
優香が奢ってくれるなんて、珍しい。
「タルトじゃなきゃ食べないよ?」
私はスポンジとか生クリームとかカスタードとか甘い物がちょっと苦手。
フルーツタルトとかは好き。つまり、ロールケーキは最悪の食べ物。
「駅前のお店の新作レモンメレンゲタルトでどうだっ?」
「うん!」
駅前のお店と言えば、金魚鉢のパフェで有名なところ。優香のお気に入り。
*
昼休み、教室には、あの極悪優等生院長副委員長コンビというか、カップルがきた。
「遊佐君がついに授業を受けに来てくれたの。玉城さんのおかげね」
「うむ。君なら、やってくれると思っていたぞ」
そう言われても、私は遊佐さんに嫌われたし、補習だってできてないのに。
「じゃあ、後はそっちのクラスの問題ってことで、契約は終わり。ロールケーキの呪縛もなし。オーケー?」
ノーとでも言おうものなら、後が怖い。
そんな優香の雰囲気に二人はうんうんと頷いて、そそくさと戻ってった。わざわざお弁当持参してきたのに。
「で、なんで、結城さんがいらっしゃるんです?」
「まあ、たまにはいいだろ」
昼休みのお客さんは二人だけじゃなかった。
優香が天真君を鋭い眼差しで見てて、ちょっと怖い。
「あ、南城先輩。朝はありがとうございました」
「いいんだよ、当然のことさ」
南城先輩は笑顔で返してくれる。とってもスマートな人。
とってもスマートに椅子と机を調達して、ここに加わってるわけだし。
「南城先輩は気障ですね。お二人が揃ってると視線が痛いんですけど」
「いいじゃないか、たまには」
南城先輩のスマイルに周囲がざわめく。
先輩は大人気。天真君もだけど。つまり、生徒会は大人気。
でも、優香は寧々子先輩のことだって、猫様って呼ぶくらいだし、生徒会が好きじゃないのかも。
「つーか、楓。何で弁当が二つあるんだ?」
「あ、これは……その……」
「武瑠、か」
鞄の中のもう一つのお弁当箱に気付かれちゃった。
しかも、見抜かれた……!
「あたしのために作ってきてくれたんだよね?」
「おいおい、瀬山。そんなでけー弁当抱えておいて、まだ食う気か?」
優香のフォローは嬉しいけど、天真君は納得しなかった。
いや、優香なら私のお弁当までペロリだけど。
「俺にくれよ」
そう言う天真君だってお母様特製弁当抱えてるよね?
「そういうことなら、俺がもらってもいいってことになるよね?」
いや、南城先輩も豪華すぎる弁当持ってますよね?
大体、先輩は小食じゃなかったでしたっけ?
そのお弁当、豪華な割に優香のより小さいですよ?
「さぁて、楓。そのお弁当は誰にくれるのかな?」
優香の目には脅しの色が混ざってる。
天真君と南城先輩までこっちを見てる。
みんな、笑顔なんだけど、笑顔なんだけど……!
「良かったら、三人で食べてください……」
三人のニッコリがとっても怖くて、そう言うのが精一杯だった。
納得してないって感じだったけど、結局、三人で分けて食べてた。
同じ釜っていうか、同じお弁当箱の中のご飯を食べたってことで仲良くならないかな? もう少し。
*
それから数日、遊佐さんを遠目に見ることはあっても、接近することはなかった。
優香が避けてた可能性もある。
でも、優香がいなかったこの時、私は遊佐さんとバッタリ会ってしまった。
頭にハンバーグ乗せてる系の人のお友達的な男子と一緒に歩いてたのも見たけど、今日は一人だった。
「遊佐さん……」
呟けば、遊佐さんはプイッと顔を背ける。それは逃げていくように見えた。
「何で避けるんですか!? 普通、逆ですよ! 私が避けたいくらいなのに!」
避けられたことが悲しくて、思わず遊佐さんの腕を掴んでた。
本当は私がプイッってするべきなのに。
「だったら、好都合だろうが」
「そういう問題じゃありません!」
釈然としない。全然、スッキリしない。イヤな終わり方だった。
それは解決してないことな気がする。
「うるせぇな、ちゃんと授業出てるし、クラスにも馴染んだつもり、それでいいだろ?」
委員長達は何も言わなかったけど、ハンバーグ系男子と仲良くさせるために授業に出させたかったわけじゃないと思う。
「何で、あんなことしたんですか?」
「別に、理由なんかいらねぇだろ」
それがずっと気になってた。
ファーストキスだったのに、煙草なんか嫌いなのに。
「じゃあ、何で避けるんですか?」
「仲良くする理由ねぇだろ。ご苦労様でしたってことで」
挨拶ぐらいしてくれたっていいのに。そりゃあ、あんなことされたけど、でも、これは悲しい。
こうして冷たくされることの方が遙かに辛い。
嫌だった。でも、何もかもがそうだったわけじゃない。
殴ったことだって、本当は謝りたかったのに。
「キスくらいでごちゃごちゃ言うなよ。あ、キスも初めてだったのか? お堅いしなぁ。まぁ、ごちそうさまでしたってことで」
ブチッと何かが切れた音が自分の中ではっきり聞こえた。
「ふざけんな!」
「あぁ!?」
それは反射的なものなのかもしれない。威圧的に睨まれるけど、怖くなかった。
「居場所がねぇとか、迷惑する奴がいるとか、逃げてただけでしょ!? 学校に来てるのに授業にでもしないで、それが迷惑じゃなかったとでも? 今だって解決した気になって、遊佐さんは本当はただの情けない弱虫ですよ! 見損ないました、本当に。もう金輪際話しかけたりしませんから、ご心配なく!」
言いたいだけ言って、クルリと踵を返す。遊佐さんが何か言った気がするけど、聞き取れなかった。聞く気もなかった。
「玉城さん……」
「玉城君……」
どうやら、超極悪優等生風委員長副委員長カップルに見られてたみたいだ。二人だけじゃない。
でも、どうだっていい。
どうせ、私は用済みなんだ。もう戻れないんだ。




